渡辺とヤマザキ夏の逮捕祭り

第29話 渡辺と地球環境

 ある暑い日、早朝から渡辺の携帯が「コケコッコー」と鳴った。蓬田に「頼むから連絡がつく様にしてくれ」と言われ、渡辺も携帯電話を持つことになったのだ。


「もしもし」


 電話の相手は家長であった。


「わ、渡辺、た、大変なんだ」

「どうした、我が友よ?」

「ち、地球が、大変なんだ」

「なんだと?」


 起きて五秒で地球規模。朝っぱらからデケェ野郎だ。

渡辺はすぐさま、窓を開けて街を、渡辺の街を眺めた。しかし、昨日と何も変わらない、いつもの街、渡辺の街だ。今日も暑い、渡辺の暑い。


「何も無いじゃねぇか」

「い、今、テレビでやってたんだよ! 地球がこのままだと壊れちゃうって!」


 どてっ! その言葉を聞いて、携帯を畳の上に落としてしまった。


「なん……だと!」


 すぐさま携帯を拾い、電話の向こうの家長に「地球って電池で動いてるんじゃなかったのか?」と確認をとる。「そりゃそうでしょ」と家長が即答してくる。「良かった」と安心する渡辺。所詮この程度の二人である。


「しかし、なら何で電池を新しくしないのだ?」


渡辺の胸の高鳴りは収まらない。


「地球が壊れるって何だよ! 朝からシュールかよ!」

「よく解らないんだけど。何でも、地球温泉化だか何だんかで地球がこのままだと暑くなってしまって、人類は破滅だって」


 地球が暑くなって? ってそれ、ただの夏じゃねぇか!


「え? 夏?」


 電話の向こうの家長はキョトンとした。その後、「そうか、夏か」と納得する家長。


「なにが卓球刑事温泉課だ。ただの夏じゃねぇか、驚かせやがって」


まったく。

渡辺はため息をつき、携帯を置いた。地球が壊れるなどあり得る筈がない。家長には「地球は丸いらしい!」というロクでも無い嘘をよこして来た前科があった。そんな訳あるかよ。

 渡辺は出掛ける前に、右の頬をアスファルトにつけ、地面をじーっと眺めた。何度、見てもやはり地球は真っ直ぐだ。


フッ


渡辺は手についた砂利を払い「地方のジョークは十五年は遅れているぜ」と高笑いを決め込み、幼稚園へと歩き出した。


携帯を家に忘れた。


 しかし、幼稚園で蓬田に、今朝の家長の無様を報告すると「いや、地球が温暖化しているのは本当らしいぞ」という答えが返って来て、渡辺は「ひょっっ!」と驚いた。

 蓬田の説明によると、今、地球は気候の変換期に入っており、世界各地で色々な異常気象が起きているのだという。海面上昇、平均気温の上昇など、「このままいくと地球に人間が住めなくなるのではないか」と言っている学者もいるそうだ。

 渡辺は、蓬田の講義を正座して聞いた。そして、ポツリ、ポツリと気付けば涙を流していた。


「何、泣いてるんだよ、お前」


 渡辺は涙が止まらなくなってしまった。とりあえず、家長の腹の肉で目を拭いた。家長の汗が入って、目が痛くなった。「いててて」と、その場を転げまわる。朝から愉快な渡辺であった。


「俺のお腹で拭くからだよ」


 竜二のリーゼントからティッシュを取り出し、目を拭いて、視力が一.五ある事を確認してから、本題に戻った。


「大変な事ではないかっ!」


 自分の知らない間に地球さんがそんな事になっていたとは。

とりあえず地球に「よく頑張ったな」という感謝を込め、渡辺は地面にキスをした。キスばっかを押し付ける男。


「その辺、昨日、俺がゲロ吐いたところだよ」


家長に言われたが聞く耳を持たない。「後で地球に千羽鶴おるぞ」と手下に命令する渡辺。どこに届ける気だ。


「地球が無ければ、ワルもできないではないか!」


 渡辺は必至で周りの園児達に訴えたが、「何言ってんだ、この人?」って顔で見られただけに終わった。


「やれやれ」


 渡辺はニューヨークのエリートボーイがスラム街の馬鹿に呆れたときの様に首を振った。


「俺は地球を守る。地球を守ってワルを守るぞ!」


 四の五の言わずに、その日の一時間目の授業から『地球、大好きだこの野郎!と俺達の青春』と銘打って、今後、地球にやさしいエコなワルを心掛けるように園児達に熱弁した。渡辺は曲にも先生であった。

 渡辺はまず、自分が描く「どのように地球にやさしいワルを実践して行くか?」を説明していった。


「これからのワルは、インテリジェンしゅ(渡辺は上手に言えない、ここがカワイイ)とエコだ。そして、私が自信を持ってお勧めするのは『一人カツアゲ』である」

「何だよ、一人カツアゲって?」


 蓬田が不安そうに尋ねる。


「案ずるな、たわけ」


渡辺はそう言い、壇上から降りた。そして、いきなり自分の顔面を何も言わず思いっきり殴り始めた。「バゴゥ!」という鈍い、本気の音が教室内に響いた。


「おい! 渡辺!」


 止めに入ろうとする蓬田、悲鳴をあげる園児達の声など構わず、返す刀で顔面をワンツー! で、自分の胸ぐらを掴み「テメェ、とっとと金をよこせ!」と、自分のポケットからお金を取り出し、反対の手でそれを乱暴に奪い取る。そしてクライマックス。切腹するかの如く、自分の腹に強烈なパンチをお見舞いし、渡辺は白目で床に崩れ落ちた。

突然、何が起きたのか解らず、シーンと静まり返った教室内。


「どう?」


そう言ってムクッと起き上がる渡辺。顔は腫れあがり、血まみれ。


「いや……『どう?』と言われましても……」


蓬田、竜二を初めとした園児達は呆然とした。ドン引きであった。

 懲りない渡辺は、再び壇上に戻って、ボロボロの体で『一人カツアゲ』についての説明を図を描いて始める。ボロボロの体を教卓で支え、荒い呼吸が今にも止まりそうだ。朝から無理しすぎの保育士。ほぼ毎日、死に体だった。

渡辺の説明によると、この『一人カツアゲ』は、自分の金をカツアゲする事で、被害者と加害者が一人で済むため、コンパクト性を実現した。さらには、自分の金であるのでまた財布に戻せば何度もカツアゲが可能というリサイクル性能もあるという。


「すげぇ! こりゃカツアゲの革命だぜ!」


説明を聞いた竜二は「ブラボーだぜ!」と渡辺をたたえる拍手を送り、他の園児達も後に続いた。とにかく「地球にやさしくないワルをしたら、俺がぼっ殺す(口が腫れてる)」と渡辺からお達しが下り、園児達は「ぼっ殺されたらたまんねぇよ!」とエコなワルを心掛ける事となった。

 その日の二時間目はエコなワルの授業となった。


「人を殴るときに自分から腕を振るのはエネルギーの無駄だ」


渡辺は拳を握っているだけで「殴られる相手が自分から拳に突っ込んでくるという方式を取ってはどうか?」と皆に提案した。


「なんか、ジャイアント馬場の膝に頭突きしてた若手レスラーみたいだな」


 家長からオッサン臭い意見が出た。家長は四十近いので、世代が二つほど教室内では上である。妻一人、子一人を持つ身でスケベを極めようする苦労人である。

 さっそく竜二で実験である。


「行くぜ、渡辺! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 渡辺の拳を目掛けて竜二は全速力でダッシュし、そして渡辺の拳に顔面からツッコんで行った。

 バキッ! 竜二は鈍い音を立てて、床に吹っ飛んだ。その滑稽な姿に教室内で笑いが起きた。これは使える。ただ弱点があった。


「こんなの竜二相手にしか使えないだろ」と蓬田から文句が出たのだ。


「敵に『拳に突っ込んできてくれ!』と頼むわけにいかねぇよ」

「じゃあ、これから地球上で殴られるのは全部、竜二ってことにしよう」

「ただのお前のワガママじゃねぇかよ」


蓬田に怒られた。

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