第27話 渡辺と顔面の大切さ
巨大ゴキブリホイホイ土俵の上での渡辺と金田の戦いが始まった。
先手必勝。
開始早々、渡辺のパンチ百連打が金田を襲う。アタタタタタ。
しかし、足は封じられても、上半身は動く金田は渡辺の拳を見事に全て交わす。金田の動きが早過ぎて、手下達には渡辺の拳がスローに見えてしまった。
「わ、渡辺さんの拳を軽々とだと!」
渡辺パンチの恐ろしさを身をもって知っている手下達には、金田のスピードの恐ろしさが際立った。
金田も目のも止まらぬ速さでパンチを繰り出すが、渡辺はこれを頑丈な体一つで全て受け止める。
パワーの渡辺、スピードの金田。
打撃は当たらないと判断した渡辺は、下のネバネバを手でつかみ、金田の上半身に少しづつ纏わりつかせスピードを奪う作戦に切り替えた。
えぃ! えぃ! えぃ!
が、そのせいで自分の体にもトリモチが纏わりつき、渡辺自身の動きもノロノロになって行く。最初のパンチの応酬だけはカッコ良かった二人の闘いは、時が経つにつれ、次第に動きの遅さから、見るに堪えないモノへとなって行き、側から見ると砂場のガキの喧嘩にしか見えなかった。
「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい」
渡辺の超絶スローのノロノロキックが、動きが遅くなった金田の腹を捉えるがノーダメージ。
「足は駄目だ」と判断した渡辺。すかさず、トリモチまみれの拳による、ノロノロパンチを繰り出す。
「おらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
が、これも金田、動きはノロノロだけど渡辺のパンチよりはマシな身のこなしでかわす。ノロい二人のノロい戦いは永遠と続く。
それを土俵の周りで見ている手下達。
最初こそ、手下のよしみで歓声を送っていたが。大真面目の渡辺には悪いが、退屈以外の何物でもなかった。
次第に辺りは暗くなり、「誰が考えたんだ、この企画」と中には欠伸をし出す者まで現れた。
「渡辺! 頑張れだぜ!」
そんな中、最初のテンションをそのままに、渡辺に声援を送り続ける男の姿があった。竜二であった。
いつでも渡辺の背中を追いかける、熱い男は、どんな時でも渡辺の勝利を願っているのであった。
「渡辺、そこだぜ! 行け、キックだぜ! いや、パンチだ! 行けぇ! あ、やっぱキックだぜ!」
「うるせぇ!」
竜二の応援が鬱陶しくて、渡辺からクレームが入った。気が散るのだ。
「よくやるよ」と怒られてシュンとしてる竜二を見て、手下達は心の中で思った。
が、ピンチとは、こういう全体の空気が緩んだ時に起るものである。
その時、トリモチが両足に絡まった渡辺がバランスを崩し、顔面からネバネバトリモチの床に落下してしまった。
「渡辺ぇぇぁぁぁぁ」
渡辺の顔が! 顔が! 床にくっついた!
足をジタバタさせながら顔を引っ張るが、粘着力が強過ぎるトリモチを使った為に、全然、上に上がって来ない。これではもちろん、呼吸も満足にできない。
「もうちょっと弱いトリモチにすればよかったな」「でも、それじゃあ、金田の足が止まらないだろ」「じゃあ、不可抗力って事か」「まぁな」「渡辺さんも本望だろ」
園児達の大道具斑は、息ができずモガき苦しむ渡辺を見て、冷静に今回の土俵の出来について反省をし出した。この失敗を次に生かしてほしい。
それ以外の残りの園児は、退屈な時間が続いた矢先に起きたダチョウ倶楽部のような展開、もがく渡辺の滑稽さに大爆笑してしまう。
笑い声が響く中、渡辺の顔がみるみる赤くなっていく。
「もしかして、渡辺、息ができないんじゃないか?」
蓬田の発言に「え?」と笑っていた手下達が一斉に呟き、事の重大さを察知した。
「息できないとどうなるの?」「解らん。水の中みたいな感じだろ?」「でも、魚は水の中でも生きてるだろ」「なら、渡辺さんも魚になるんじゃね?」
必死でもがきながら、地面から顔を引っ張り剥そうとする渡辺。その時、一人の園児がある答えを導き出した。
「……もしかして……死ぬんじゃねぇ?」
その言葉がきっかけとなり、園児達は「これ、ヤバい!」とやっと気付き、止まっていた渡辺への応援を再開させた。
「渡辺さん、早く顔を引っ張って!」「死にますよ!」「生きましょうよ!」
しかし、金田はトリモチを引っ張る渡辺の後頭部を再び地面に押し付ける。
「金田! ズルいぜ! これはアクシデントだぜ!」
竜二からヤジが飛ぶが、金田は聞く耳を持たない。
渡辺は最後の力を振り絞って、顔を引っ張る。スピードはあるが力は渡辺の方が上である。押し付けている金田の手が見る見る上がって行く。
「おぉ! 渡辺さんの顔が上がって行くぞ!」「いけぇ、渡辺さんが、ショベルカーだ!」「エレベーターだ!」
「お前ら、もっと渡辺を盛り上げろ!」
蓬田の指示に土俵の周りは「渡辺コール」に包まれる。
「わったなべ! わったなべ! わったなべ! わったなべ!」
客席は今日一番の声援に包まれたその時、渡辺の顔がついにトリモチの呪縛から解き放たれた! ぶはっ!
「渡辺さんの復活だ!」「やったぜ、渡辺さん!」
ピンチを脱し「ふぅ~」と息をつく渡辺。が、視界は未だに真っ黒のままだ。あれ? 目が見えないぞ?
その時、土俵の外から「ぎゃあああああ!」「渡辺さん! 目がっ!」と心配している応援が聞こえて来た。
なんだ、うるさいな。
「渡辺! 目! 目だけ床に置いて来てるぜ!」
セコンドの竜二の声に「なにっ!」っと驚いた渡辺。触ると、目だけビヨーンと伸びて、未だに床に残っていた。
「渡辺さんが、目を必死で探してるぞ!」
土俵の上を眼鏡を無くした横山やすしのように手探りで目玉を探し回る渡辺。意表を突かれ、これには「ナンセンスギャグだ!」と手下達は爆笑に包まれる。
渡辺は「後で殺す」と心の中で思いながら目玉を探す。右目を見つけて右に入れると、左目を金田が持っているのが見えた。
「へっへっへ。この目をどうしようかなぁ……」
「返してよぉ!」と逃げる金田を追う渡辺。再び爆笑に包まれる手下達。
「笑ってんじゃねぇ!」
竜二の怒鳴り声が響いた。竜二の聞いた事も無い怒声に、園児達は怯えて黙った。
「お前ら、俺達の大将が戦ってんだぜ! 何、他人事みてぇに笑ってんだ!」
竜二の言葉に顔を見合わせる手下達。場外は笑いから一点、静まり返ってしまった。
「竜二、良く言った」
蓬田が竜二の肩に手を乗せて労う。渡辺を誰よりも尊敬している竜二の一言に、蓬田も心を討たれたのだ。
一方、渡辺は金田に「目玉を返して下さい」と土下座を強要され、顔を再び、トリモチにくっ付けてしまっていた。
「竜二さん、あれに応援するんすか?」
手下の一人、斉藤が、折角帰還したのに再び顔を床につけてしまっている馬鹿を指差す。さすがの竜二もその姿はちょっと情けないと思ったが、「ああ言うところも、カワイイぜ」と無理やり渡辺という男を認めた。
時にカワイイと言う言葉は凶器になるだと、竜二は心で悟ったのである。
「とにかく、俺達は応援だぜ! 渡辺を応援するぜ!」
金田は渡辺の目玉を床に投げ、渡辺はそれを本当に大切に拾い上げ「ありがとうございます、ありがとうございます」と金田に何度も頭を下げた。
やっと両目玉が戻って来て、顔にへばり付いたネバネバも全部剥した渡辺。その間、金田に殴られ蹴られの応酬、それを全て無抵抗で殴られてしまったが、目玉を返していただいた恩から、金田の全ての攻撃に「ありがとうございます」と腰を低く感謝して、殴られた。
すでに全身、ボコボコ。
更に、伸びる顔の肉を無理やり引っ張ってネバネバを剥がした為、顔の肉がダルンダルンに垂れ下がってブルドックみたいになってしまった渡辺。もはや誰だか解らない。引退した野球選手みたいに顔がパンパンに膨れ上がってしまっていた。
「金田、これほどまでに強いとは」
蓬田は無意識に弱音を漏らしてしまう。ほぼ、渡辺の自滅であった。
「大丈夫だ、渡辺ならきっと勝ってくれるぜ!」
竜二は蓬田の胸を拳で叩き「応援するぜ!」と鼓舞した。蓬田は、竜二の渡辺への信頼だけは認めざる得ないと感じた。
だが、「このままでは勝てない」と思っていたのは蓬田だけではなかった。
土俵の上の渡辺自身もであった。ネバネバ相撲対決は失敗だった。勝つ術が何も見当たらないのだ。
正直、金田から何発殴られても痛くも痒くもなかったが、渡辺が金田を攻撃しても然りであった。「なんで、誰も止めてくれなかったんだ」と、渡辺は心の中で、土俵の外にいる手下たちに何故かキレていた。最低のリーダーであった。
もう、こうなったら肉体的では無く、金田を精神的に攻撃をするしかなかった。
渡辺は、頭の中にある、過去のワルの引き出しを次々を開けて行き「この状況を打破すモノは無いか?」と思考を巡らせた。
あった!
たった一つだけ。しかし、それは渡辺にとっても自爆となる、もろ刃の剣であった。が、勝つ方法はもはやそれしか無かった。
「覚悟を決めろ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます