第26話 渡辺とお笑いウルトラクイズ

 翌日の幼稚園は工作の授業に一日が費やされた。渡辺の指示で、金田を捕まえる装置と戦うための土俵を作ることになり、園児達はそれぞれの作業をこなした。

 渡辺はその間、一人教室の隅でイメージトレーニングに費やした。恐ろしい集中力、飯の時間になっても渡辺の集中は途切れず、そのまま放課後となり、いよいよブックオフ金田と渡辺の対決の時がやって来た。


「宴だ! 宴だ!」


 渡辺は決戦の願掛けに、帰りのお遊戯で宴を催す事にした。オルガンが弾けないので、髭男を呼んで来て弾かせる事に。

 選曲は「大きなノッポの古時計」だ。以前も歌ったが、やはりこの歌は渡辺の原点だ。

 ガタイだけは一人前のでくの坊の時計が、爺さんに百年間尽くす歌。おしんの様に泣かせる処もあれば「嫁が来るときもお爺さんを見ていた」という処で若い男の妄想を膨らませてくれる、ちょっぴりエッチな部分もある名曲だ。


「いまはっ、もう! うーごーかーなーーひぃぃぃぃ」


 ラスト、一瞬の静寂が教室を包む。やっぱり渡辺は心の中で、「さん、はい」と呟いた。


「その、とーけーいぃぃぃぃ」


 決まった! そして歌い終わったあとの静寂と言う名のピロートーク。数秒の無音の世界を楽しむ園児達。

 そして、誰彼とわず、教室内から拍手と歓声が起きた。


「久しぶりにいい歌をうたったぜ!」「本当に久しぶりだ、お遊戯ってやっぱいいよな!」


 活力を取り戻した園児達を見て渡辺は「うんうん」と頷く。誰のせいでお遊戯が中止になっていたかなど忘れている。

 渡辺は甚平の帯を締め直し、教室に整列した園児達の前に、蓬田と出た。


「聞けっ! これから、我々はブックオフ金田討伐に行く。相手は渡辺も手を焼く程のワルだ。俺達の誰かに油断があれば、それが渡辺の敗北につながる。それ以上に、渡辺の死につながる恐れもある。今日、これから、渡辺が敵を倒すまで、一瞬たりとも気を抜くな! 全神経を敵に向けていろ、良いな!」


「うおおおお!」という雄叫びが園児達から上がった。


 渡辺は決戦の場に選んだ河原に蓬田といた。太陽は既に西の空でオレンジ色に変わっている。群からはぐれた孤高のカラスがたまに渡辺の視界に映る。


「カラスよ、お前も一人か?」


 渡辺はそんな事を思う。

 老人が一人、ノロノロと土手を歩いて行く。「あの速度で今日中に帰れるのだろうか?」と渡辺は心配になった。余計なお世話だ。

 すでにウォーミングアップも済まし、後は竜二たちが連れてくる金田を待つのみだ。

 その時、蓬田の携帯が鳴った。


「……解った」


そう言って、蓬田は携帯を切った。


「金田は予定通り店に現れ、地点Aで生け捕りに成功したそうだ」


 蓬田は金田が店内で必ず通る道がある事に気づいていた。防犯カメラの死角である。そこに竜二達が先回りし、昨日作ったトラップを仕掛けていたのだ。それは、渡辺発案で作られたゴキブリホイホイだ。いくら足の速い男も強力な取りもちの上では身動きはとれない。ジタバタしている金田を、手下たちが囲んで店の外に連れ出す寸法だ。

 渡辺はシャドーボクシングなど軽いフットワークで戦闘に備える。どれだけ激しい動きをしても甚平は緩まない。「いい感じだ」と思った瞬間、遠くから「わっしょい! わっしょい!」という、掛け声が聞こえて来た。

 振り返ると河川敷の道を竜二達が土俵を神輿の様に担いでこっち来ているのが見えた。


「わっしょい! わっしょい!」「渡辺ぇ!」


 竜二達は、川原の渡辺の方へと降りてきた。

 手下達は土俵を地面に降ろし、竜二が渡辺の方へ報告に来た。


「渡辺、ブックオフ金田を取り押さえたぜ!」

「ご苦労」


 土俵の上には、トリモチに足を取られゴキブリの様にもがき苦しんでいる金田の姿があった。


「チマチマしたワルで散々おちょくってくれたな、ブックオフ金田」


 金田が渡辺の方を見て、驚いた顔をした。


「お前、あの店の店員っ! ……そうか、マッドセガールの回しもんだったのか」

「幼稚園は関係ない。これは、俺とお前の戦いだ」


 渡辺は掃いていた草履を脱ぎ、獲物を狙う目でネバネバトリモチの土俵に上がって行き、倒れていた金田に手を差し出した。


「お遊びはここまでだ」


 強力にへばり付いてくるトリモチのせいで足がゆっくりにしか上がらない。渡辺も予想以上のトリモチの強力さにいささか驚いた。

 金田に差し出した手は、鼻で笑われながら、払いのけられた。


「せっかく、手下が捕まえてくれたのに、馬鹿かお前は。ワルで有名のマッドセガールの園児が正々堂々とか、手下の前でカッコつけているのか知らんが、俺のスピードは足を封じられても、まだ上半身がある。それに足だって、お前よりかは速く動けるぜ」


 金田にはこの状態でも、ヘラヘラする余裕があった。


「見逃してくれれば、もうあの店には現れねぇよ。そろそろ、感づかれた事には気づいていたしな。どうせ、証拠は何にもないんだろ? いいのか? 手下の前で泣きべそかく事になっても」

「……手下なんぞ知ったことか」


 渡辺は、金田の手を無理矢理掴み、立ち上がらせた。


「俺が無様な姿を見せられないのは、ワルそのものだけだ」


 そして、立ち上がらせた金田を睨み付けた。


「俺を舐めるなよ、金田。ワルの帝王になる男が、お前ごときに負けるわけにはいかないんだよ」


 渡辺の声から殺気が辺りに放たれた。犬は震え、茂みに隠れていた蛇達は生存本能から土の中へ逃げ、大自然の生命保存の法則が発動。ハムスターは交尾を始め、サラリーマンは生命保険に電話した。


「コイツは次元が違う」と金田も渡辺を見て、顔付きを変えた。


「手を抜いたら、死ぬ」

「俺と勝負だ、ブックオフ金田」

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