第25話 渡辺と襲名披露
翌日。
渡辺は教室の隅っこで体育座りをして一日を過ごした。完膚なきまでに手玉に取られた。あんな姑息なウンコみたいなワルに渡辺は成す術なく敗北したのだった。
「渡辺、元気出そうぜ!」
「そうだ、昨日は被害が出なかったんだから、一歩前進だ! なっ」
蓬田の励ましが、明らかに弱者へ向けられるそれで、渡辺のプライドはさらに傷ついた。
『邪道なワル、ワルモン』
アルバイトという美しいワルに泥を塗る、ブックオフ金田のワル。渡辺が今まで積み上げてきたモノが全否定されたようであった。
ワルは正々堂々。
それがモットーであった渡辺が、お花山とブックオフ金田の二つのワルを見て思った事は「ズルい。小さい。ジメジメしている。蛭子能収の肛門のような生き様」だ。
『明るい、楽しい、感動する』がワルのモットーの渡辺とは真逆であった。
「許せねぇ、ワルを馬鹿にしやがって」
渡辺の中で金田への怒りがメラメラと燃え上がってきた。
「ブックオフ金田。ブックオフ金田。ぶち殺してやる!」
渡辺が完全にキレた。
「向こうが邪道で来るなら、こっちは最強の王道のワルでアイツをぶっ潰してやる。テメェら! アイツのケツの穴まで全部毟り取って来い! カツアゲだ!」
渡辺の声に園児達は息を吹き返したように大声を出した。
「何か盛り上がっておるな」
その盛り上がりに水を差すように、髭男が教室に入ってきた。
「何だ? 邪魔するなヒゲ野郎」
愛想のない渡辺。
「渡辺、お前の制服が届いたぞ」
「制服?」
髭男はそう言って、買った店の名前が書かれた紙袋を差し出した。店名は『毛深い女房』という名だ。「スゲェ、名前だ」と渡辺は生唾を飲み込んだ。意味はわからないが、物凄いエネルギーを感じる言葉であった。
中を開けると、そこには黒い甚平が入っていた。
「これは?」
「このマッドセガール工業幼稚園の退学生の証にして、保育士の制服。結城の甚平だ。甚平は良いぞ、軽い。あと特別にフードもついておるからな、顔を隠す事も出来る。ワルモン退治には持って来いじゃ」
「髭男」
渡辺は甚平を手に取り、改めて全裸だった自分の姿を見下ろした。マッドセガール工業幼稚園を退学した事で、渡辺は学ランに一種の別れを告げていた。で、学ランを脱いだは良いが他に手頃な服が無く、実は渡辺は先生になってから今日まで、幼稚園内では全裸を突き通していた。
「頼むから何か着てくれ」と何度も蓬田や園児達から頼まれたが、プライドのある渡辺は中途半端なモノを着る事は許さなかった。
「じゃあ、キューティーハニーが変身する時に、一旦、学ランに着替えるのかよ!」
激昂した渡辺は、そう言って椅子を蹴り上げた。
「どうなんだよ!」
渡辺の怒りに「そりゃ、困る」と、家長をはじめとした教室内のスケベは賛同したが、「キューティーハニーじゃなくて、モラルの問題だろ」と蓬田。
「ここは無法地帯のマッドセガール市だろっ!」
「警察はいるからよ。怒られるぞ」
と、渋々、幼稚園の外では服を着ていたが、園内ではスジを通していた。
「そんなんだから『お宅の息子さん』って挨拶されるんだ」
髭男に怒られるが聞く耳を持たない渡辺であった。何かを羽織るという事は、その羽織ったものの意味を背負うという事だ。それがワルだ。
全裸君はさっそくその甚平を手に取った。軽い。テレビショッピングの羽毛布団のようだ。
手に取ったはいいが着るのになんか緊張してしまう渡辺。
「えぇ、時期尚早という声もございますが……」
とニヤケ面で勿体振る渡辺。
「とっとと着ろ」
「何が時期尚早だ。落語家かぶれが」
髭男と蓬田に怒られ、「落語家かぶれは言い過ぎだろ」とグチグチ言いながら、甚平に袖を通した。軽い。まるで着る前よりも軽くなったような、何も背負っていない強さがある。右手を袖に通した瞬間、すぐに気に入った。この甚平は特注で、学ランと着物のあいのこの様なデザインをしていた。
「カッコいい。学ランの時の渡辺さんの逞しさが帰って来た!」「しかも身軽な雰囲気も出てるぜっ!」「速さと強さを併せ持った渡辺さんなんて、無敵じゃねぇか!」
渡辺の甚平姿に園児達から歓声が漏れた。何だかんだで絵になる男であった。
「蓬田、どうだ?」
「お前が着る以外、想像できねぇ服だ」
渡辺は蓬田に太鼓判を押され、俄然勢いが出た。竜二はカッコよすぎて、立ったまま気を失っていた。
「よぉし、ブックオフ金田をカツアゲだぁ!」
その一言で教室中が一気に活気づいた。
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