第24話 渡辺と勝利の美酒

 翌日。

 みかん組VS金田の二戦目。

 金田は今日も店にやって来て、人気のないコーナーに向かって行き、本を数冊手に取った。

打ち合わせ通り、棚の角に隠れていた竜二と数名の手下。竜二はリーゼントの中にカメラを隠し、そこから撮影する作戦に出た。

 竜二は生まれ持っての渡辺のパシリである。ありとあらゆる物をリーゼントに仕込ませる事が出来るようになっているのだ。

『四次元リーゼント』の異名を持つ竜二のリーゼントに入らないものはないのだ。モミアゲを引っ張るとカメラが取れる仕組みだ。

 金田はまだ竜二達には気付いていない。これは千載一遇のチャンス。


「年貢の納め時だぜ、ブックオフ金田!」


 敵を倒したと鷹を括って、決め台詞を吐いた竜二の声が店内に響いた。直後に「えぇ……なんで言うの?」というため息が店内にテノールで響いた。

 金田が振り返り、竜二に気づいた。


「撮れえええええええええええ! 撮れえええええええええ!」


 竜二の叫び声が響く。もう、誰も止めるモノは居ない。


 カシャっ! カシャっ! カシャっ!


 手下数名が慌てて金田にレンズを向けるが、金田は目にもとまらぬ速さと、携帯のフレームラインを全て読み切り、全員のシャッターを交わした。後で画像を見ても、誰の写真にも金田の顔と本が一緒に映っているモノは無かった。シャッター音よりも速い、恐るべき金田のスピードであった。

 竜二の防衛ラインを抜けた金田は、目にもとまらぬ速さで、本を買い取りカウンターへ持って行った。先回りして前方から撮ろうとした他の手下もシャッター押す前に通り過ぎられてしまう。


「くそっ! 速い!」


 もう渡辺しかいない。渡辺の現行犯確保に望みを託すしか無かった。結局、最後は渡辺であった。

 幸い今日は女子大生は休み。渡辺がうつつを抜かす理由は存在せず、「客の尻子玉、全部搾り取るまで本を買わせてやる」と息巻いてバイトに向かった。今日の渡辺は違った。水牛のオス並みの血の気の多さであった。


「こちらの本の合計の買い取りは四〇〇円になります」


 が、金田は店員から四百円を受け取って、店の外へと出て行ってしまった。


「馬鹿なっ! 渡辺は何をやっているだ!」


 全員が唖然と買い取りカウンターを見ると、いたのは渡辺では無く、たまに見かける他のバイトの人であった。


「渡辺は何処へ行った?」


 視線を買い取りカウンターから隣のレジに向けると、見覚えのある半笑いの顔がボーっと突っ立っていた。本当に何にも考えていない様な馬鹿面を引っ提げて、「何?」と言いたげな表情で竜二達の方を見てニヤニヤ半笑いを浮かべていた。

 そして、その物覚えの悪い半笑いは、数日ぶりのレジでやり方を忘れてしまい、こち亀を三冊で四億円で売り付けようとしていた。


「客の尻子玉、全部搾り取るまで本を買わせてやる」


本気で尻子玉を抜くところであったという。

渡辺らは二連敗を喫したのであった。


 翌日。

渡辺に買取カウンターにいなかった理由を聞くと「紗江子さんがいないのに、買い取りコーナーにいても美しくない」と窓の外の遠くを眺めて言ったという。


「ワルは理屈じゃないんだよ」


本来の目的を忘れていた。

そもそもバイトも、オルガンを弾きたくなくて、逃げで始めたモノであった。次々と目的を忘れて行く男、渡辺。

 竜二のせいで写真作戦はもう使えない。後を追っても捕まらない。万策尽きたか。


「もう、渡辺しかいない」


 蓬田を筆頭とした園児達から、「頼むから買い取りカウンターにいてくれ」と頭を下げられた。

 渡辺は「しょうがねぇなぁ」とため息をつき、「結局、俺かよ」とふんぞり返った。そもそも誰の仕事だと思っているのか。

渡辺は、しぶしぶ懐から手帳を出して、事務所で書き写した紗栄子さんのシフトを確認し「よし、明後日だ」と、決戦の予定が立てられた。


決戦は女子大生次第のワルモン退治。


 その後、渡辺は手下の一人にその手帳を見せて「この言葉、何?」と聞いた。

手下が手帳に目を落とすと、今までの女子大生との会話が、一言たりとも漏らさずに記入されていた。表紙には「日記」と言う文字があったが、日記にしても律儀すぎる。


こええぇ。



 そして、二日後。

 渡辺とブックオフ金田との全面対決の日がやって来た。

もう、何も言うまい。

手下達は全員、店の外で万が一、渡辺が負けたときの為に陣取っていたが、渡辺が負けるなんてあり得ない。決めるときは決める男である、渡辺は。

 幸いは続いた。

その日の女子大生はあまり元気が無く、いつもの様に渡辺に話しかけては来なかったのだ。さらに「生理っすか?」と渡辺のデリカシーの無さ丸出しの質問が拍車をかけ、女子大生は完全にソッポを向いてしまったのだ。

渡辺は無視されて傷ついたが、これで金田と正面からぶつかり合える。


 金田はその日も、本を金に変えるべく店にやって来た。

渡辺は久しぶりに会った気がしたので、本棚へ向かう金田の顔を見てちょっと懐かしく感じ、照れてしまった。人見知り。


そそそそそそっ。


金田は今日も、カメラの死角に入り、お店の本を渡辺のいる買い取りカウンターに持って来た。


「かかった!」


 まず渡辺は、あえて普通に買い取りをするフリをした。そして、暫くして凄くワザとらしいアクションで、渡辺は動き出す。


「あるぇぇぇ! お客すぁぁぁま! この本。もしかして店の棚にあったヤツじゃありませんかぁぁぁ?」


 渡辺のワザとらしい発言に金田は一瞬、ドキッとし顔を歪ませた。

 チャンス! 

渡辺は丁寧だが完全に喧嘩を売っている口調で続けた。

「お客様ぁぁぁぁ! こんな店の本をさぁぁぁ! 買い取りカウンターに持って来てヨォぉ! どうしようって言うんですかぁねぇぇぇ?」

 

 そして、えぐりこむ様に顔を金田の下ににゅるりと潜り込ませた。

一説には女子大生が相手をしてくれなくて、虫の居所が悪かったから、予定以上に嫌味ったらしかったという噂が園児たちから上がったが、そんな事はどうでも良い。


「申し訳ありませんけどぉぉぉ、店長を呼ばせて頂きますねぇぇ!」


 渡辺は「俺の勝ちだ」と言わんばかりの笑みを浮かべ、店長の方に声を出すアクションを見せた。


ほら、早く謝れよ、糞野郎。

俺の勝ちだろ。


 が、渡辺が大声で店長を呼ぼうとしたその瞬間、


「あ、すいません。こっちレジじゃ無かったんですか?」

「え?」


金田のまさかの言葉に虚を突かれた、渡辺。ふりかえる。そこには勘違いをして照れている、カワイイお客様の苦笑いがあった。


「レジはあっちですかね?」


隣のレジを指差す金田。


「うん、そう」


タメ口で頷く渡辺。


「すいません。間違えました」


 金田は謝り。本を隣のレジへ持って行った。


 渡辺は興味があったので、カウンターから身を乗り出して、金田の姿を追いかけた。


金田はレジに本を置き、ポケットを不自然に弄って、「あ、すいません。財布を忘れちゃったんで、また明日買いに来ます」と、そう言って店員に頭を下げ、店を後にするために出口へ向かった。

渡辺の前を通るときに金田はペコッと頭を下げた。渡辺もペコッと下げて「おっちょこちょいな人だな」とクスッと笑った。


「……どうするんだよ、これ?」


 店の外を見ると、蓬田がオルガンの時と同じ顔でこっちを見ていた。そんな顔をするな。

入口の自動ドアのガラスに竜二が書いたらしい『渡辺、ファイトだぜ!』という紙が左右逆に貼ってあった。

「こういう時は『ガッツだぜ!』だろうがっ!」と渡辺はカウンターを叩いて叫んだ。竜二の書いた紙はピューンと風に飛んで行ってしまった。

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