第23話 渡辺と仲直り
その後、渡辺達は園長室に乗り込み「もし渡辺の事を洗いざらい話さない場合は、家長が秘密を全部ばらすぞ!」と、蓬田考案のどっちにしてもバラす事になる脅しにより、髭男から、ワルモンの事を聞き出す事に成功したのであった。
「渡辺、理解していなかったとはいえ、昨日は殴って悪かった。何よりもワルを貫こうとする姿勢、さすがだ」
「解ってくれたか、蓬田」
泣き叫ぶ髭男の声をバックに、渡辺と蓬田は仲直りの握手をがっちりと交わした。
「で、渡辺。そのワルモンとやらに苦戦しているのか?」
「うん。全然敵わなくて、僕、泣きたいの」
えーんえーんと同情を誘う渡辺。
「……なぁ、それって俺達は手伝っちゃ駄目なのか? 俺達の事も使ってくれ渡辺」
「しかし……」
渡辺は「ありがとう」とは素直に言えなかった。ワルモンとの戦いは退学生の仕事。コイツら凡人には荷が重い。
「いいだろう。特別に許可をする」
渡辺達は、その声に振り返った。
大泣きして一回り大人になった、目がまだ真っ赤の髭男が既に椅子に腰かけて、仕事を再開させていた。顎髭を雑巾のように絞ると涙が滴っている。
「みかん組の面々には、渡辺をサポートをする事を許可する」
おぉ!
髭男の言葉に、歓声が上がった。
「良いのか、泣き虫髭男?」
渡辺が珍しく真面目に尋ねた。
「お前が掟を無視して、ただ破ったのならワシはお前を除名処分にしていた。が、お前はワルを使い、掟を破る事なく掟を破ったのだ。まさにワル『掟破り』そのものだ」
「……掟破り。いい言葉だ」
「ルールや掟を何も考えず守っているだけでは何も発展はない。先人たちは『掟破り』によって、常識や不可能を乗り越え、新しい世界を作り上げていった」
「髭男。いい事言うじゃねぇか。鼻水、髭についてるくせに」
「涙の数だけ強くなれたのだ」
「ほぅ」
絶えず成長している男、髭男であった。まだまだ、育ち盛りだ。
「『掟破り』を遂行した以上、ワシは何も言わん。蓬田達のサポートも認めるしかない。いいか、渡辺。絶対に金田を倒せ!」
「任せろ、髭男」
渡辺の中のワル魂がうずき出していた。
「ブックオフ金田は俺のワルで倒してやる!」
渡辺は心強い仲間を得て、ブックオフ金田との戦いの為に、教室で作戦会議を開く事にした。えいえいおー!
翌日のバイトの時間。
いつも通り渡辺がシフトに着くと、変装した園児達が数名入店して来た。打ち合わせ通りだ。
「いいか! お前たちのワルを全て、あのブックオフ金田という男にぶつけてやれ! ダメでも最後には俺が控えているから、思いっきりいけ!」
バイト前の決起会で渡辺がそう言い、園児たちの士気をあげた。頼もしい言葉であった。「久しぶりに、カッコいい渡辺さんが帰ってきた!」と園児たちのヤル気も自ずと上がった。
渡辺は今日も買い取りカウンターで金田を待ち伏せた。まさに最後の砦として君臨するゴールキーパーだ。
さらに店の外には蓬田達が待ち伏せし、ブックオフ金田を尾行する事になっている。さながらゴールを決めた相手の弱みを握るために雇った探偵だ。
完璧だった。
しかし、この渡辺の計画に意外な問題点が生じた。
「渡辺君って妖怪は何が好きなのぉ?」
買取カウンターで話が盛り上がった女子大生に聞かれ、満面の笑みで「砂かけババァです!」と答える渡辺。昨日から何にも反省していなかった。
今日も金田に「ありがとうございました!」と馬鹿丸出しの営業スマイルで頭を下げ、肩を強く叩き「青春しろよ!」と店から送り出した。バカである。
店内に散らばっていた手下達は失望の視線を渡辺に向けていたが、渡辺はそんな事、知らぬ存ぜぬで、また女子大生と話しはじめた。
「さっきの仲直りと打ち合わせは何だったんだ?」
店の外で蓬田は、苦い目で渡辺を見ながら思ったという。
翌日。
渡辺は、蓬田からその後のブックオフ金田の足取りを報告された。
「追ってはいたんだが、途中で気付かれてしまった。アイツの足の速さは異常だ。まるで、ゴキブリだ。それに、少し気を逸らすと、存在感がないから、何処に行ったのか見えなくなる。それで……」
「言い訳なんか聞きたくないんだよ!」
渡辺は、尾行に失敗した不甲斐ない手下達に激怒した。
「たった一人の男も追いかけられず、その上言い訳か! それでもマッちゃんの園児か!」
教室内に渡辺の怒鳴り声が響く。教卓も叩き、今日の渡辺は本気だ。「渡辺さんが言えた口かよ」と手下の誰かがボソッと言った。
渡辺の耳にもその小声は響いたが、聞こえていないフリをした。悪い奴である。
「すまない、渡辺」
蓬田は思い詰めた顔で謝った。
その後、金田討伐失敗の反省会が開かれた。『何がいけなかったのか?』を浮き彫りにするため、無記名投票により、昨日の戦犯を洗い出す投票が行われた。
結果。竜二(りゅうじ)、一票。
渡辺(がいとうしゃなし)他全票。
「やはり竜二か……」
渡辺はため息が出た。どうして……お前は。
「ちょっと待てよ! 俺は何にもしてねぇぜ!」
「何にもしてねぇのがいけないんだよ! 結果を出せ! 結果を!」
該当者なしさんの非情な怒号が飛んだ。
「渡辺」
蓬田が立ち上がった。その瞬間、渡辺はちょっとドキッとした。ほのかな罪悪感。
「思ったんだが、防犯カメラに映らないなら、俺達が写せばいい。犯行現場をスマホのビデオで映すんだ!」
蓬田の意見に、他の園児達は「おぉ!」と湧きあがる。
「流石、蓬田だ! 賢い!」「神に最も近い!」
餅は餅屋。頭脳プレーなら蓬田だ。確かにこれならば、小林の犯行現場を証拠に残せる。
「どうだろう?」
「……ダメだ、蓬田」
しかし、渡辺は意外にもこの蓬田の提案に首を横に振った。
「なぜだ?」
蓬田の問いに渡辺は思い詰めた顔で答えた。
「美しくない。提案はありがたいが、これは俺と金田の戦いだ。勝ち方にも俺は拘りたい」
渡辺は言った。別に蓬田のアイデアを周りが称賛した事に嫉妬しているわけでは無い。渡辺にはワルの美学があるのだ。
「そうか」
蓬田は渡辺のワルへのプライドを誰よりも理解している上に、そのこだわりを尊敬もしている為、この場は引いた。
「だが、蓬田のアイデアも確かにいい。だから、お前のアイデアも俺のワルに取り入れたいと思っている」
この渡辺の粋な計らいに園児たちは「おお!」と歓声をあげた。
渡辺のワルで採用されるというのは、偉大な建築家の建物の一室をデザインできるほどの栄誉なのだ。
蓬田をフォローする事も忘れない。やはり、渡辺はカリスマである。
「スマホのカメラで撮るってのはどうだ?」
渡辺は言った。
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