第22話 渡辺と記憶を辿って

 そして、今日もバツが悪いまま、帰りのお遊戯の時間になった。

皆、掃除を終えて机を後ろにずらして前に集まってきているが、恐らく今日も歌など歌う気分ではない。昔は一番楽しい時間だったはずなのに、渡辺が先生になってから苦痛でしかない。


「本当、渡辺さんが全部悪いよ」

「あぁ、だけど。悪い部分は全部持って行ってしまうんだから、さすがだよ、ホント」


 渡辺は悪口を言われて悪い気分はしなかった。「もっと言って」とムスッとした顔をしながら心の中で思った。

 今日もオルガンの練習をしていないから、渡辺は皆の前で「ちゅー」という口をした。くちオルガンである。


「いーえーなーがーがーなーにーかーをーしーってーいーるー」


 ざわざわざわ。


「なんだ、あのアホ。なんか言ってるぞ?」

「くちオルガンすらできねぇのか?」


 今日の渡辺のくちオルガンの異変に園児達が気付いた。


「いーえーなーがーがーひーみーつーをーしーってーいーるー」


 家長?

 園児達がザワザワしだした。渡辺の作戦は成功である。


「家長!」


 さっそく、蓬田が家長の元へと向かった。ザワザワが大きくなる教室内。


「お前、何かを知っているのか?」

「何が?」


 が、何も考えていない家長は、ボケーッとした顔でこれに返した。

「何だ、その馬鹿面はっ!」と渡辺は家長の顔を見て、噴き出しそうになった。


「いーえーなーがーがーおーれーとーえーんーちょーのーひーみーつーを……」


 渡辺、ここで息が続かなくなって咳き込む。

 園児達も苦しそうな渡辺を見て、何かを伝えようとしているのだと感じた。


「渡辺さん、俺達に言いたくても言えずに、ずっと苦しんでいたんだ!」「あぁ、やっぱ渡辺さんの心は俺達と共にあったんだ」「皆! 渡辺さんを応援だ!」


 必死で何かを伝えようとする渡辺を応援しようと、教室内に活気が戻って来た。


「渡辺さん! 頑張ってください!」「渡辺さん、あと少しです!」


 わったなべ! わったなべ! わったなべ!


 園児達の激が渡辺に届く! そして


「うるせぇ! 俺の声が聞こえねぇだろ!」


 渡辺に怒られた。しゅんと静かになった。


「……しーってーいーるー」

「渡辺。なんて言ったぜ、蓬田?」

「家長が渡辺と園長の秘密を知っているって」


 ついに蓬田が渡辺の暗号を解読した。


「家長、お前、渡辺と園長の何か秘密を知っているのか?」

「あぁ! あの事かぁ! 知ってる知ってるよ。黙ってろって言われたけど、聞かれたら喋るなって言われてないから、聞かれて喋るのは大丈夫なんだな、これが」


「おぉ! 法の死角!」と園児達から歓声が飛ぶ。渡辺は「どうだ」という顔で園児達を見下ろす。形勢逆転だ。


「で、何なんだ? その、渡辺と園長の秘密って」

「えーっとね。うーんとね。いーんとね。あーんとね……」


 皆が一瞬で青ざめた。「これ忘れちゃったヤツじゃないの?」という表情で横にいた奴らと顔を見合わせる。


「あのね、あの日は俺が転校してきた日で、俺が園長室のソファに座っていたら、渡辺が入って来て。そいでね、渡辺と園長が何か話を始めたの」

「で、その内容は?」

「それが秘密の話だったんだって」

「で?」

「で、『これは秘密だから、黙っててくれって』って園長に拝み倒されたの」

「で、その肝心の内容は?」

「そんなの知らないよ」


 あらぁ。まぁ。浅い記憶。


 予想はしていたが、園児達の力ない声だけが響いた。


 その後、家長になんとか思い出して貰おうと、その前後で園長室でやっていた事を再現していく事になった。


「本当に大切な事は、ここにある」


 そう言って家長と渡辺は、園児達の前で決め顔になり股間に手を当てた。渡辺の「これ、やりたかった」という夢がかなった。それを「何だ、これ?」という顔で見ている園児達。


「で、家長、思い出したか?」

「うーん? そう言えば、何かこの街に隠れているワルを使うのが何だったか。とか、そんな話だった様な気がした」


「おぉ! ちょっと思い出した」と手下が拍手を送る。


「この街のワルについてだと!」

「蓬田、どういう意味だぜ?」


 竜二が聞く。


「どうも、この街には俺達の知らないワルがあって、渡辺はその秘密を園長に明かされた。それが原因で俺達とは決別して、バイトに向ったらしい」

「バイトに誘ったのは僕だよ」


 渡辺が「余計な事を言うな」と家長のケツをつねった。柔らかいケツだった。「トンカツにしたら触感が良さそうだ」と思い、『今後、定期的に触ろう』と心の中で誓った。


「家長、もう少し思い出せないか?」


 うーん。家長は考え込んだ。いかんせん、頭が悪い人間が一回聞いただけの事だ。続きを思い出せるはずも無く、平行線に入った。

 しびれを切らした渡辺から、「家長の頭を殴って思い出させよう」という提案が出た。それによって園児達は、抵抗する家長を椅子に縛り上げた。

 渡辺と蓬田は、黒板に家長の頭の断面図を描き、「どの辺を殴れば、記憶が戻るか?」を検討しだした。とりあえず、決別は一時中断と言う事になった。


「とりあえず、デコからでいいんじゃないか? 渡辺」

「いや、デコじゃダメージを与えられ無い。致命傷を負わすには後頭部だろ」


「鬼か、お前は!」と縛られた家長が怒鳴った。


「別に、殺す訳じゃないだろ」

「あ、そうか。うっかり」


 検討に検討を重ねられ、家長の頭に刺激を与える、気の遠くなる作業が始まった。その日は偶然にもバイトが休みだったので、研究は深夜にまで及んだ。

 そして、家長の頭部への刺激は改良に改良が重ねられ、ついにデコピン二発、側面を五発、後頭部を一発叩き、その後に頭を右に三回、左に一回まわした時、朦朧とした家長が突然、


「そう言えば、何か俺達の知らないワルを使う敵がいるって言ってたような」

「敵だと! ソイツと渡辺は戦っているのか!」

「いやそこまでは解らない」


 渡辺は、首で「やれっ」と園児に指示を出した。誰のせいでこんな事になってると思っているのか。


「こ、これ以上は本当に知らないよ。覚えてないよ!」

「どうやら、この辺で止めた方が良いようだな、渡辺」

「うむ。致し方ない」


 渡辺の指示で、家長のロープが外された。


「渡辺、どうやらお前は俺達の知らない所で、ワルの何かと戦っていたようだな」

「解って貰えたか!」

「だが、詳しい事は解らん。解らん以上、俺達はお前の肩を持つことはできないぞ」


 強情な奴だ。他に何か手は無いだろうか?


「だが、お前の全てを知る手伝いをしてやってもいいぞ」


 蓬田はニヤッと笑い、渡辺に言った。


「何だ、蓬田のワルか?」

「あぁ、園長を脅す良いワルを思いついた」


 流石、みかん組の頭脳、蓬田。知的なワルはお任せあれであった。

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