第21話 渡辺とさらに気まずい教室

 翌日。

「今日は流石に来ないだろう」と朝からタカを括っていた園児達。


「昨日のあの気まずさ、もう二度と味わいたくないですよ、蓬田さん」

「いや、来る。アイツはそう言う男だ」


 蓬田のその一言と同時に、恐れていた男が教室に入って来た。しかも、昨日のバツの悪さを継続させて、ムスッとした顔で何も言わずに自分の席に腰掛けた。バイトの女子大生とのアホ顔はどこかに消えていた。


「マジかよ」「この人、鬱にならないの?」「少し前になってたよ」「帰れよ、マジで」


 園児達は渡辺に聞こえる声でヒソヒソと話しだす。昨日以上に気まずい渡辺。しかも、今日の渡辺は一味違う。

昨日、あんなケンカ別れをした筈の蓬田の方をずっと凝視し、視線を離さない。これには蓬田も昨日の廊下での出来事を嫌でも思い出してしまう。

 それは渡辺もしかり。昨日、蓬田に言われた言葉が頭の中で何度もリフレインし、グサッとくる。


「今のお前なんか、何の魅力も感じねぇよ!」「今のお前なんか、何の魅力も感じねぇよ!」「今のお前なんか、何の魅力も感じねぇよ!」


 バツが悪いに更にワルを追加し、「後味の悪さ」もこの日の教室には加わったのだ。さすが渡辺、『昨日のワルを越えるのが目標です』と語っただけはある。

 このストイックな姿勢は、蓬田も尊敬している処ではあるが「今日だけは勘弁して欲しかった」と、渡辺に睨まれ、汗をダラダラ流しながら思った。

 この戦いはどっちかの胃に穴が空くまで続くと、周りの園児は覚悟を決めた。

 二時間が過ぎたが、渡辺の視線は一度たりとも蓬田から離れる事は無かった。昨日、決別したはずの男が、なぜがいつも以上に自分の事を凝視しているから始末が悪い。


「渡辺」


 蓬田は痺れを切らし、ついに停戦を申し出ようと立ち上がった。しかし、渡辺は蓬田が差し伸べた手をガン無視した。


「渡辺!」


 蓬田が何度呼ぼうが、渡辺は返事するどころか、蓬田の声など聞こえていないように無反応。にも関わらず蓬田の事をガン見してくるのである。

 教室内は余計にバツが悪い状態になってしまった。次々とワルを積み上げていく渡辺。


「渡辺、このまま毎日を過ごすのは俺の精神に良くない。一度、腹を割って話合ってくれないか? な? 俺の為に頼む。先生と生徒としてでいいからよ」


 蓬田は渡辺のプライドを考え『自分が折れる形で交渉の場を設けて欲しい』と頼んだ。これには渡辺も渡りに船であった。聞こえていないふりをしていたが、心の中では「ナイス、蓬田」とニヤッと笑った。なんせ、結構きつくなっていたのは渡辺も同じだから。胃がやばい。


「何言ってんだぜ、蓬田! 渡辺とお前は昨日、決別したんだぜ! 俺にも覚悟をしろって言ったぜ! そんな簡単にリーダーが意見を変えてどうするんだぜ!」


 が、竜二が余計な横やりを入れやがった。


「なっ、渡辺! 俺も昨日、苦渋の選択をしたんだぜ。お前も蓬田と話し合う事なんかしないぜ。そうだぜ?」


 その時、みかん組の席のアチコチから「竜二の馬鹿野郎!」という心の声が聞こえて来た。もちろん、渡辺もいつもなら、竜二を半殺しにしている処だ。が、竜二とも決別している以上、これも「何にも聞こえまへんなぁ」という形でワルを続けるしかなかった。お腹の中で、爆竹がなってるみたいだ。

 千載一遇の仲直りのチャンスは、竜二の馬鹿によって破壊されてしまった。


「竜二」

「何だぜ、蓬田?」

「……お前、最高の馬鹿野郎だな」


 それが言えたのは教室内で蓬田一人しかいなかった。


「ふっ、よせぜ、褒めんなぜ」


 竜二が褒め言葉だと勘違いした。ギャング映画の見過ぎだった。

 その時、まるで神が希望を持って来たかのように、教室のドアがガラガラッと開いた。誰だ!


「こんにちは」


 入って来たのは家長であった。だめだ、こいつは。


「ゴメンね。最近、バイトが忙しくてなかなか学校に来れなくてさ」


 渡辺はそれを聞いて、フッと笑った。幼稚園よりもワルを優先、家長という男には頭が下がる。

 あっ! 

渡辺はその時、閃いた。家長もワルモンの説明のとき、園長室で一部始終を聞いていたではないか!

 渡辺にはワルモンを口外してはいけない義務があるが、果たして家長にも、その義務はあるだろうか?


「あぁ、ないわ!」


 渡辺は勝手に都合よくルールを決めた。園長室で髭男が土下座をしていた事なんて、とうに忘れてしまった。

渡辺は、家長に「こっちに来い」と手招きした。


「何? エロい事?」


 貪欲な家長らしい開口一番とともに、教卓にやってきた。


「残念ながら違うんだ」

「えぇ、なら呼ばないでよ」


 とんでもない野郎だ。「まぁ。人類の繁栄には、こういう男も必要なのかもしれない」と、背に腹は変えられない渡辺は、デカいスケールで家長を捉えた。


「この前、園長室で髭男が言ってたことを覚えてるか?

「あぁ、うん。でも園長さんは黙っててくれって言ってたよ?」

「なら、筆談であのメガネをかけたリーダーに伝えてくれないか?」

「でも……」


家長は明らかに嫌な顔をした。なんだよ、コイツも筋を通す馬鹿か?


「俺、字があまり書けないんだ」

「くそぉ!」


 渡辺は教卓を叩いた。渡辺も平仮名しか読めないけど。こうなったら、最後の手段しか無かった。


「なら、直接言って来てくれよ」

「でも、黙ってろって言われたよ」

「普段、黙ってればいいんだよ。聞かれたら別に話しても問題ないだろ。『喋るなよ』とは言われてないんだから」

「なるほど、やっぱ先生って頭いいんだね!」

「誰が、『いい』だとこらぁぁ!」


 渡辺は『いい』と言われたもんだから、思わず家長の胸ぐらを掴んでしまった。流石に本気の渡辺の迫力に家長も目を丸くした。


「ご、ゴメン」

「……いや、俺も取り乱した。頼むぞ」

「でもさ、渡辺。向こうから聞いて来てくれないと、喋れないよ」


 渡辺もそこは盲点であった。どうやって蓬田に「家長なら何かを知っているかもしれない」と感付かせるか?

 渡辺は考えた。考えに考えた。そして、閃いた。蓬田とお話ができるときがちゃんと用意されていたではないか。

 その後、家長と軽い打ち合わせをして、ときが来るまでまたバツが悪い時間を過ごす事になった。


「何か、気まずそうだね、今日」


 家長が途中で呟いたが誰も返事をしなかった。家長も別に気にせず、へその毛を引っ張る遊びに興じたのであった。

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