第20話 渡辺と気まずい教室

 渡辺との決別。

座っている人が椅子と決別する事がどれだけ大変かを考えれば、蓬田達にとって、それがどれほどの事かは解るだろう。


 教室に戻り、「渡辺は戻らない」と言った後の教室の手下達の戸惑った声を蓬田も聞いた。だが、これからは渡辺無しだ。なぜなら、決別したんだから。


「渡辺ぇぇぇ……」


 四天王の席で竜二は涙が止まらなかった。竜二にとって、心臓を失ったようなモノだ。


「俺は……俺は……」


 それ以上、声にならない竜二。四天王の席には、蓬田と竜二の二人しかない。家長はどっか行っている。もう一人いた四天王は消えた。少し前までそこには渡辺がいた事を考えれば、寂しいテーブルになってしまっていた。


 だが、もう渡辺はいない。渡辺は仲間ではなく、バイトを選んだのだ。


 ガラガラガラ。


 教室のドアが開いて、渡辺が入って来た。


「あれ? 渡辺だぜ?」


 その姿を見て、竜二は思わず声が出た。


 渡辺はバイトに向ったはず。なのに、たった今、ついさっき決別した筈の蓬田達がいる教室に戻って来た。


 ざわざわざわざわ。

 

渡辺を見て、園児達の戸惑いの声が止まらない。


「何してんの、あの人?」「さっき、蓬田さんと決別したんじゃないの?」「何で、教室に戻って来たんだ?」


 渡辺はいつもの様に教卓に腰掛け、その針の様な小声に耳を澄ました。


「マジで、決別した人が戻って来てどうすんの?」「て言うか、気まずくないのか?」


 渡辺は、その言葉と、気まずい空気を全身で噛みしめていた。緊張してきた。そう、これが渡辺のワル『バツが悪い』というモノだ。

 それから渡辺は重い空気の中、誰とも話すこともしなければ、帰る事もせず、謝る事もせず、丸一日、気まずい授業を済ませ、ついに最後には口オルガンまで披露したという。

 当然、誰も歌わなかった。バツが悪すぎる。胃が痛くなる最悪な空気だけど、ワルはたまらん。


「今日は帰れよ、この人」「来んなよ」「脂汗すげえじゃん」


 園児達は口オルガンを披露する渡辺を見ながら、心の中で合唱していたという。教室にいる全員の胃が痛かった。


だけど、渡辺と蓬田が一番痛かった。


 バツの悪い一日が終わった。


渡辺はお腹を押さえながら、いつも通りバイト先に到着しフロアに出た。ブックオフ金田はまだ姿を見せていない。

 しかし、レジ裏に行くと、泣いている紗江子ちゃんを先輩と店長が励ましていた。


「何かあったんですか!」


怒り気味に渡辺が尋ねた。俺が来ないとスグこれだ!


渡辺は一応、凡人どもの言い訳も聞いてみることにした。


 何でも、午前中に玉男と言う新入りのバイトが入って来たのだが、紗江子ちゃんに散々セクハラをして、ついさっきクビになったのだという。

 それを聞いて渡辺は「ワルい奴がいたもんだ!」と憤慨したが、念の為「紗江子さんって、そう言う事をしても良いんですか?」と先輩に聞いてみたら「駄目に決まってるから、泣いてんだろ!」と怒られてしまった。ちっ。

 渡辺は心の中で舌打ちをし、気を取り直して金田との戦いに備える事にした。

 店長に「もっとワルの引き出しを増やしたいんです!」と進言し、今日は買い取りカウンターに入る事を許可して貰った。

これならば、金田が買い取りコーナーに持って来た処を現行犯で捕まえる事が出来る。完璧だ。一縷の隙も無い作戦である。しかし、この渡辺の計画に意外な欠点があった。


「へぇ、渡辺君、アニメとか好きなの? もしかして結構オタクぅ?」


 女子大生にそう言われ、「そ、そんな事無いっすよ!」と満面の笑みで照れ隠しする渡辺。買い取りカウンターに本を持って来たブックオフ金田に気付かず、お金を渡し「ありがとうございました!」と馬鹿な笑顔で頭を下げてしまった。

 美人の女子大生との仕事は、時間を忘れる程に楽しく、ウブな渡辺の性欲にはこの作戦は荷が重すぎた。

 渡辺は自分の知らない所で敗北を喫していたが、そんな事、知らぬ存ぜぬ。また女子大生と話をはじめた。楽しければ、楽しければいいのだ。


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