第18話 渡辺と店長とのキス

 バイト後。

 やはりレジの額は全く合わなかった。でも、そんな事はどうでもいい、お客様の笑顔さえあれば。

そう店長に言ったら「ふざけんな!」と怒られてしまった。

 今日も店長と先輩は金額の合わないレジを見て、ああでもないこうでもないと言っている。


「あの、店長!」

「お、どうした、渡辺君? ここで面白い事をいう気か?」


 店長がメガネをかけ直した。さぁ、どうぞ。


「俺、店の本を買い取りカウンターに持っていく、お客さ……」


 しかし、渡辺はここまで言って口を継ぐんだ。

髭男からワルモンの情報は伏せるように言われていたのだ。

自慢したいができない、くそっ! 

この人たちを巻き込むわけにはいかない!


「なにっ! 店の本を買い取りカウンターに持って行っただと!」

「え! 何で、わかんの!」


 ほとんど口に出ていた。


「デカしたぞ、渡辺。それが本当なら、防犯カメラにソイツが映ってる!」

「えっ! 映ってちゃ駄目じゃん!」


 つい、本心が出る渡辺。ワルモンは隠さないと。


「何が、駄目なんだ、馬鹿野郎! 見たなら捕まえろ!」

「お前が業務に戻れって言ったんだろうが!」


 渡辺の逆ギレに先輩がギョッとした顔を浮かべた。


「とにかく防犯カメラだ! みんなカメラの部屋へ急げ!」


 先輩の一言で店員たちは駆け足で、防犯カメラの部屋に向かった。

「最下位は店長とキス!」と店長が叫んだ!


 店長はタックルを喰らわせたり、あの手この手で女子大生の進行の邪魔をする。それを横目で見ながら渡辺達は防犯カメラのある部屋を一目散に目指す。キスはやだ。

 防犯カメラのモニターに集まるバイト達。店長は壁に掛かった鏡の自分に「ちゅっ」とキスをした。最下位。

 渡辺は「とんでもないモノを見てしまった」と思った。


「何時頃だ、渡辺」

「知らん」

「どの辺りだ、渡辺」

「知らん」

「どんな奴だ、渡辺」

「知らん」

「渡辺、こらぁ! ちゃんとしろ!」

「はい!」


 怖い先輩に怒られて、渡辺は「まぁ、ワルモンの一人くらいいいか」と腹を括り、外見の特徴を事細かに説明した。何の責任感も無い男だった。

だが、


「おい、いねぇぞ、渡辺!」


 え? その声に、渡辺も画面を見下ろす。

パンチラの漫画をコソコソとズボンの中に入れる先輩の姿はシッカリと映っていたが、肝心のワルモンの姿は見当たらなかったのだ。


「そんなバナナ!」


 渡辺は身を乗り出して海外本コーナーの映像を見るが、陰でワルモンを見張っている渡辺の姿はあったが、肝心のワルモンの居た場所は死角になっていて映っていない。


「この俺の視線の先に居たんです!」

「うーん、映ってないんじゃなぁ……」


 店長も唸った。信じろ、はげ!


 その後、買い取りカウンターでもワルモンはカメラの死角に入り込んでおり、お金を渡す時に手が少し映っただけであった。綺麗な手をしていた。

 渡辺が「コイツです!」と指差す。


「買い取りなら、紗江子ちゃんが覚えてるかもね」


 店長が言って、「紗江子ちゃんって言うんだ」と渡辺は女子大生の名前を知れて、ワルモンなんかどうでも良くなった。シャイだから、今まで聞けずにいたのだ。

 紗江子ちゃんは、画面を見ても「えぇ、解んないです」と覚えていない様子であった。不安げな顔がまたカワイイ。

 渡辺はその後、紗江子ちゃんに「好きです」と言って、外見を説明したが「存在感が無くて全然覚えてない」とやはり思い出せない様子であった。何故、ここまで記録が残っていないのだ。


「なぜ映ってないんだ!」


痺れを切らした渡辺。出入り口から出て行くソイツの姿はさすがに映っている筈だと、自動ドアの辺りを注視し続けたがそれらしい人物は一人も通らなかった。


「どうやら、渡辺の勘違いみたいだな」

「そんな馬鹿な!」


 渡辺は信じられず、出入り口の防犯画面を何度も巻き戻し、食い入るように眺めた。すると、一瞬だけあの違和感が横切っていく感覚を渡辺は覚えた。


「まさか?」


 渡辺はもう一度、同じ場面を見直した。誰も通った形跡はないが、間違いなく一瞬変な感覚が横切っていく。


「もしかして、物凄い高速で動けるのか?」


ワルモンは店の防犯カメラのコマ数の少なさを利用し、高速で動く事と死角を進む事で上手くカメラに映らずに店内から出て行っていたのだ。


 渡辺は髭男から、こんな事も聞いていたのを思い出した。


「先人の偉大なワルを使うほどだ。ワルモン達の身体能力は常人のそれを遥かに超えている事がほとんどだ」


 相手はお花山を超える男。ありえない話では無い。

渡辺は、ワルモンは超人的なスピードと存在感の無さを併せ持つ強敵だと結論付けた。

 存在感の無さで、入り口付近に設けられている買取カウンターの前を通っても誰にも気づかれず入店し、さらに店の本をそこに持っていっても『店の中から本を持って来た』と認識されていないのだ。


 まさに無駄がない、万引きを超える、万引きだ。


 ついに現れたワルモン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る