第17話 渡辺と最初のワルモン
竜二達が居なくなった後、渡辺は特命を解決するべく、フロアに出た。
『レジの渡辺』の異名を勝手に己に課していた身としては、これは不服であった。だが、先輩から「原因を突き止めろ」と言われた以上、やらねばならない。
それがバイトだ。
渡辺は店内に不審な点は無いかを隈なく探した。空気中のホコリの移動さえもすべて捉える勢いであった。
立ち読みしているデブの奴らが群がる漫画コーナーから異臭が漂っていた。そしていささか湿度も高い。人間の肉によって密林ができている。
「何て臭いお客様だ」
声に出ている渡辺。
デブ等は渡辺をチラッと見た。
渡辺は後ろからその臭い奴の一人を観察した。漫画のパンチラのあるページを見て止まり、ページをめくり、三ページぐらい進んだ辺りで「もう一度見て置こう」とまたパンチラのページに戻ってきた。『三百六十五歩のマーチ』みたいに読んでやがる。
「これは、問題だ」
渡辺はメモに、この事を書いた。そして「そこ隅折っといて」と臭い奴にお願いしておいた。後で一人で見に来る気である。
渡辺は立ち読みをしている奴らを見て「いずれ、この立ち読みからもワルモンが生まれ、戦う日が来るかもしれない」と思った。
「世の中はワルモンで溢れている」
店内のエロDVDコーナーの中に、渡辺が大好きな『男はつらいよ』が置かれており悲しい気分になった。俺の渥美さんが馬鹿にされた。確かに男は辛いけども。これもワルモンの仕業だ。世間に大きな影響を与えない素人ワルモンの。
「渡辺、ちゃんと見張っているか?」
先輩が渡辺の肩を叩いた。
「もちろんであります!」
敬礼で答える渡辺。が、振り向いた勢いで、背中に隠したさっきの漫画が床に落ちた。
「馬鹿! サボってないでちゃんと店中を探せ」
先輩に怒鳴られて、漫画を本棚に仕舞う渡辺。「ちゃんと折り目、付けとけよ」と先輩に念を押される。アンタも好きだねぇ。
「全く、先輩ときたら。好きなんだから」
渡辺がため息混じりに、漫画を棚に戻そうとしたその時。
「ジジジジジ」という灰色の音をさせた物体が渡辺の横を通り過ぎて行った。
「!」
渡辺は即座に身を正して、その男の後姿を眺めた。細身にくたびれたシャツを着た、ガリガリで猫背の男が足音もさせずに歩いていく。
「ワルモンだ」
渡辺は、直感から悟った。お花山の時とは比べ物にならない強いオーラをそいつは身に纏っていた。
これが、玉男と髭男の言っていた直観であった。視界から入ってくる雰囲気が他の客とは明らかに違う。にも拘らず、渡辺以外の店員は全く気付いていない。
ワルモンがこんな所にいるとは。一体、この店で何をする気だ?
ワルモンは、本棚の本を手に取るでもなく、店内を歩き回っていた。
渡辺はワルモンの行動に違和感を覚えた。ちょっと目を離すと、存在を見失いそうになるのだ。
「何だこの、存在感の無さは?」
顔も見たが青白く頬がこけて、今にも死にそうな雰囲気を醸し出していた。こんな奴がワルモンなのか。
「本屋でできる事、何だ? 万引きだろうか?」
渡辺はその考えを捨てた。ワルモンは、高度なワルを駆使して悪事をする奴らだ。万引きなんかレベルの低い事をする男がワルモンのはずが無い。
もっと凄いワルをする筈だ。
ワルモンは海外の小説コーナーに辿り着いた。この辺は難しそうな本が多くて、あまり人気が無い。
ワルモンは、その棚から本を数冊だけ取り、レジに向かっていった。普通だった。
「なんだ、ワルモンと言っても所詮この程度か」
渡辺が肩透かしを喰らったとき、ワルモンの恐ろしさを痛感する事となった。
「五四〇円です」
この前、渡辺が一緒に帰った女子大生が、そのワルモンにお金を差し出した。
渡辺は「あれ?」と思った。何かがおかしいな。レジ打ちは今日、渡辺の代わりに変なオバちゃんがやっていたはずだ。なんでレジから女子大生の声が? 声優が変わったのか?
が、良く見たらそこがレジで無い事に渡辺は気付いた。
「なっ!」
ワルモンが本を持って行ったのは、レジでは無く、本の買い取りコーナーであった。女子大生は気付かず、店内の本を再び買い取ってお金を渡してしまったのであった。
「そんなワルがあったのか!」
出て行こうとする男を渡辺はすぐに追いかけたが、髭男に言われた言葉が脳裏に過った。
「ワルモンを捕まえるときは、周りに一般人がいない事を確認してからだ。ワシらは警察では無い、人前で何かすれば、警察に逮捕される恐れがある」
くそっ! 店内では捕まえられない。ならば、外に出たのを見計らって!
渡辺は走りながら、両手で浣腸のポーズを作った。店を出た瞬間、やる気だ。肛門に風穴開けたる。
だが、
「おい! 渡辺、持ち場を離れるな! 何サボってんだ!」
「すいません!」
渡辺は先輩の声でUターンし、店に戻った。バイトの鬼の渡辺に、持ち場を疎かにしてワルモン退治をする事なんか出来ないのだ。
ワルモンなどどうでも良い、お客様の笑顔さえあれば満足だ。
ワルモンは店を後にしていった。
「渡辺! 挨拶は!」
「ありがとうございました! またのご利用おまちしております!」
ワルモンに頭をさげる渡辺。しかし、そんな屈辱はどうでもいい。お客様の笑顔があれば。
渡辺以外の店員はワルモンのワルに誰も気付いていない。女子大生も日常業務に戻っている。渡辺は、恐ろしいワルを目の当たりにし、背筋に冷たいものが流れた。
「これがワルモンか」
だが、それはそれ。勤務中の渡辺にはどう手も良い事だった。お客様の笑顔があれば。
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