赤い想いに咲かれたけだものは

歳香

赤い想いに咲かれたけだものは

さよならの教室、動かない空気、冬の放課後に包まれてひとり。もう、遠くにあった部活動にいそしむ声すら聞こえない。あなたの机に座る私を照らすのは、宵色の瞼に切り取られた、茜色の空。

あったはずの温もりはもうなくて、私の中にあるモザイクに刻まれた記憶。私を掻き乱す、あなたの後ろ姿に、私は重なっている。

みしり、と聞こえたのは私の心か、校舎の家鳴りか。

心が広がり、一瞬だけ世界を探り、すぐに閉じていく。孤独が、すべてを消し去って、私と、私の「赤い想い」だけになっていく。

心地よい、鈍痛。

冷たい空気も、肩に流れる長い髪も、気配を忘れた教室も、なにもかもが心地いい。ただ、愛しさだけに溺れられる。

机に広げた両手を乗せて、ゆっくりとなぞると、少しずつ心が無防備に開かれ、切なさに「咲かれ」ていく心。

すべての意識が好きに変わっていくほどに、胸が熱くなって、奥がどくどくと痛みを歌いだす。同時に、襲い掛かる恐怖。でも、私は恐怖も痛みも、好きだと知っているから、この両手を広げたまま、咲きほころぶ心を見つめる。

制服が、教室に衣擦れを響かせる。耐えきれなくて、私は身もだえをしていた。

優しい瞳、闇色の髪、時折見せる子猫のような微笑み、あなたが好き。

溺れるほどに、息ができなくなって、耳の奥がつんとした。

自覚する快楽と、苦痛。深く深く潜っていく悦楽は、なんて理不尽で、なんて我儘な感情。

走り出そうとする想いと、引き留める常識。両者が強いほど、痛みは強く、悲しみは濃くなっていく。許されないことの甘さは、叶うことの比ではなく、私を酔わせては、醒ませて、繰り返し繰り返し、痛みを与える。

心に冷たい刃を押し当て、その瞬間を待つ。どくんどくんと赤い想いが、細く脆い血管を無理やりこじ開けて流れる。耐えきれなくて、切り裂いてみれば、なんとも言えない高揚感。これが、ああ、禁忌。

好き、好き、好き。

繰り返す、淫ら。

問う。

私なんかが、好きでいいの?

こんな感情持っていいの?

罪悪だって知ってるの

許さないって言って

でないと、好きでいてしまう

好きでいる苦しみを

諦めなさいって言って

ねえ?


そして私はこの胸に引き金を引く


ぱん


「赤いみだら」がはじけて雫が舞う。

闇にひらり、ひらり、と無数の真紅が散り、好きが散乱する。

こぼれることのないそれを止めようと、広げていた両手で胸を押さえる。握りしめる。

強く、強く、強く。

全身を縮こませ、膝を寄せ、足を閉じた。スカートが太腿を撫でる。

それの代わりに、嗚咽が床にこぼれ落ちて「赤いみだら」の水溜りができた。

あ、ああ…

なにかが鳴いている

私の口が鳴いている

どれだけ身をよじらせても、抱きしめても、こぼれ落ちる「赤いみだら」。

強く握りしめた指の間から、シワになった紺色の制服が滲み出ている。

この向こうには女の体がある。歪んだ乳房が、痛みを訴えるふりをして、あなたを求める。

いやらしい、汚らわしい、あなたを愛しむけだものの体。

触れて欲しいと、その向こう側を求めるけだものが「赤いみだら」を、だらしない口の端から垂らして好きを吠える。

本性だ。本能だ。あなたを求める、激しい劣情。食べたい、食べられたい。純化された赤いみだらに委ねて、濡れて、溺れ、溶けて、壊れたい。

いやだ、いやだ。こんな気持ち、苦しいよ。

吐かせて。吐き出させて。胸を引き裂いて、枯れて、死んでしまうまで、赤いみだら。

満たされないなら、終わらせて。

壊して。

夕焼けの闇に抱かれる教室。

誰もいない放課後。

あなたの机に落ちていたのは、茜色に照らされた、透明なしずくだった。




この体を抱く私の爪が、みだらな体の内側に突き刺すことができたなら、私はけだものを殺意のままにできただろうか。

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