セトル・ゴッド・ノウズ 11

 ヴォーダンの瞳から紅い輝きが消えた。アウルの心に動揺が広がる。


 視線を向ければ、純白の竜は苦悶の表情を浮かべていた。脳裏を過ぎったのは、海竜賞の記憶だ。


 あの日、ヴォーダンは本気を出すつもりではなかった。出してはならなかった。


 ヴォーダンは先天的に、内臓疾患を抱えていたのだから。


 高性能の魔力エンジン。バネのようにしなる強靱な筋肉。それらがあっても、ヴォーダンの内臓疾患は補えなかった。


 食は細く、並みの竜より体が小さかった。体調が悪く起き上がれないときもある。調教を公開しなかったのは、調教できる日が少なかったからだ。内臓疾患という弱点を知られないよう、隠してきた。


 ラップタイムを常に一定としたのは、それが体への負担を軽くするからだ。ラストスパートという負担をなくすことで、レース後の疲労を和らげたかった。


 だから、例え負けるのだとしても、海竜賞は一定のペースを貫きたかったのに、ジュピターが競りかけてきて。


 ヴォーダンは内臓疾患で苦しんでいようとも、それを表に出さない竜だ。それは弱い姿を見せないというプライドだ。生まれながらに王者の誇りを持っていた純白の竜は、負けることが許せなかった。


 その結果が、これだ。ヴォーダンは今、海竜賞の負担を引きずって飛んでいる。


 アウルは振り返った。


 漆黒の牙が迫っている。風神を撃ち落とそうと、漆黒の雷が追ってくる。


「ヴォーダン! 耐えろ!」


 アウルは純白の首を押した。ゴールは、すぐ近くにあるはずだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る