セトル・ゴッド・ノウズ 10
立ち上がって対峙する二人の間を、歓声が抜けていった。
ドルドは、スクリーンへ視線を滑らせる。レースはいつの間にか洞窟を抜け、大平原まで進んでいた。
紅い流星と、青い流星がしのぎを削る。そのうち、青い光が消えていった。漆黒の竜に乗るグレン・クリンガーは、すぐさま竜の首を押して下降させる。
「おい……やめろ……身体が吹き飛ぶぞ……」
うわごとのように、言葉が漏れていた。
漆黒の竜が地面を突く。抉る。大平原を、漆黒の雷が疾走する。
ドルドはスクリーンへ駆け寄り、膝を突き、画面へ縋りついた。
「おい、なんで、そうまでして戦う? おまえたちは見捨てられたはずだ。見放されたはずだ。ドラゴンレースに、裏切られたはずだ。なのに、どうして、戦える?」
ドルドは、疾走する竜へ触れる。
ドラゴンレースによって国民的人気を得て、嫉妬を買い失墜させられ、落ちぶれたライダー。
ドラゴンレースに関わったせいで、兄を失い、母の命を奪ってまで生まれてきたのに、脱落の烙印を押された竜。
彼らは、なぜ、ここに戻ってきたのだ。なぜ、傷ついてまで進もうとするのだ。
「彼らは、全てに見捨てられた訳ではないもの」
マリーは静かに歩み、ドルドの肩に手を置いた。しわがれて力もないはずの掌は、力強く掴む。
「育ててくれた人がいた。見守ってくれる人がいた。信じ続けてくれる人がいた。そういう人たちが、ドラゴンレースという世界にいてくれたのよ。みんな、繋がってね」
老女は柔らかく穏やかに微笑む。彼女の顔に、怒りはなかった。
「確かに、私の夫は……ダンキストは、ドラゴンレースに殺されたのかもしれないわね。でも、そういう厳しさも含めて、あの人はドラゴンレースが好きだったもの。きっと、天国で満足してるに違いないわ」
「満足……?」
「そう。ダンキストは皆に夢を与え、アナタは彼に憧れた。アナタはバルカイトちゃんを見出し、夢を与えた。バルカイトちゃんは道を間違えたけれど、グレンちゃんは彼に憧れてライダーになったわ。そして、今日、グレンちゃんたちが戦う姿を見て、夢を持つ人がいる。ダンキストが目指したのはね、そういう世界なのよ」
老女は朗らかに笑った。それは、失ったものを惜しむ顔には程遠かった。
「一番、ドラゴンレースを憎んでいい、あなたに言われては……ワシは、どうしようも、ない」
ドルドの手から力が抜ける。床に落として、ぼうっとして映像を観た。
大平原で、漆黒の雷が走る。力強く蹴り上げて、抉って、飛んで。前へ、前へと驀進している。
自分は、何がしたかったのだろう。何を求めていたのだろう。
一体、どれほどを犠牲にしてきたのだろう。
不意に、部屋の外が騒がしくなった。乱暴に扉が開かれ、幾人かが踏み込んでくる。
「おまえの不正は暴かれた。外部からの情報提供で、証拠も揃っておる。いくら、おまえでも、言い逃れはさせんぞ」
中央から進み出たスキンヘッドの老人が、威厳を纏わせて口を開いた。ドルドは、呆けた瞳で彼を見上げる。
「協会長……」
「話を聞かせてもらう。連れて行け」
「待ってくれ」
ドルドは切実な声音で、群がろうとする男たちを止めた。
「まだ、レースの途中なんだ。終わるまで待ってほしい」
懇願するドルドに困惑し、協会長はマリーへ目を向ける。彼女は朗らかに微笑んで頷いた。
「ええ、一緒に観ましょう。だって、今日は神竜賞だものね」
仕方ない、と、協会長たちは引き下がった。
ドルドは礼を呟いて、床に座り込んだまま、スクリーンを見上げた。
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