セトル・ゴッド・ノウズ 8
先ほどから、指先の感覚がない。
骨は軋み、限界を訴えている。継続的に襲ってくる痛みが、思考を鈍らせる。呼吸が乱れ、苦しい。
グレンは霞む視界のまま、洞窟を抜け出した。陽光が眩しくて、目を閉じてしまいそうになる。今、瞼を下ろせば永遠に開きそうにない気がして、前方を睨みつけて堪えた。
黄金色の竜と越えられなかった洞窟を、漆黒の竜と共に越えた。それだけで満足感がやってくる。
けれど、本当に乗り越えたいものが、この先で待っているから。
「行くぞ! ジュピター!」
グレンは呼吸もままならない肺から空気を押し出し、気合いを混ぜ込んで喉を絞る。
ジュピターの瞳に、青い輝きが灯った。流星がごとく煌めかせ、漆黒の竜は魔力を溢れさせる。
ヴォーダンを視界に捉えているということは、自分たちは、それなりに追い上げているということだ。レースは中盤を過ぎ、終盤へ突入しようとしている。この差は、逆転可能だ。
ここは、最初に漆黒の雷が走った場所。抉る雷で、風神を撃ち落としてみせる。
大平原を、二筋の光が飛んでいく。紅い流星が先行し、青い流星が猛追する。レースは、残り六キロメートル。二頭の竜の魔術使いは速度の限界を超えようと、魔力を生み出すエンジンを轟々と回す。
先に魔力が途切れたのは、ジュピターの方だった。竜の魔術使いとして過ごした年月の違いが魔力の使い方に現れ、常より速く大量に回し続けたエンジンが止まってしまったのだ。
ジュピターの瞳から青い光が消えていく。もう少しでヴォーダンへ手が届きそうなところで、失速する。
純白の竜は、潤沢な魔力で先を行っていた。その瞳は紅いままで、エンジンが回り続けているのを見て取れる。
「ジュピター! まだだ! 行くぞ!」
グレンは叫んで、手綱を下へ引っ張った。漆黒の雷を疾走させるべく。
ところが、ジュピターは従わない。引いた手綱を逆に引っ張って、下降することなく空で留まっている。
ジュピターは翼を動かすが、ヴォーダンとの差は縮まらない。それどころか広がり始めている。
グレンはもう一度、手綱を引く。痛みが走っても、尚、引く。漆黒の竜は従わない。
「ジュピター! おい、ジュピ……」
呼びかけるグレンの目に、竜の顔が映り込んだ。
相棒は顔をしかめ、口元を引き結び、眉間にシワを寄せて。今にも泣き出してしまいそうな表情をしていた。
彼の想いを悟る。漆黒の竜は、理解しているのだ。指示に従い地を走ったとき、グレンの身に何が起きるのか。痛みで叫ぶかもしれない。骨が砕けるかもしれない。最悪、背から放り投げられ、死んでしまうかもしれない。
ああ、彼は、こんなときに。相棒の身を案じて、守ろうとしていた。
グレンは息を吸い込む。腹の奥に力を入れる。
「前を見ろ! なにが見える! ヴォーダンだろ! おまえが倒したかったヤツだろ! いいのか、おまえは負けようとしてるんだぞ!」
相棒へ怒声を投げつけた。漆黒の竜の口元が、悔しさで曲がる。
「俺は勝ちたい! 他の誰でもない、おまえと勝ちたい! おまえは、どうなんだ! おまえは、俺の相棒だろうが!」
グレンは漆黒の首筋を押す。ジュピターが迷いを見せながらも降下していく。
「それでいい! ここは、どこだ! ハティアだ! おまえは、ここでなら、誰にも負けないんだよ!」
ぐい、と、力を増してグレンは押す。身体の奥が、みしり、みしりと音を立てている。そんなものは構わない。勝てるなら、なんだっていい。
ジュピターが前を、ヴォーダンを睨みつけた。竜はハミ部分を強く噛む。相棒は、覚悟を決めた顔をする。
漆黒の雷が降り注ぎ、地面を抉った。
その瞬間、グレンは、身体がバラバラに砕けてしまったのだと思った。
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