セトル・ゴッド・ノウズ 7
アウル・ラゴーが初めて天才の意味を知ったのは、ライダースクールへ入学したばかりの頃だった。
上空で竜が体を捻る。横回転しながら、軌道は螺旋を描いて。鋭く、速く、突き抜けた。
隣で、コクが感嘆の声を上げる。皆が拍手を送っている。
アウルだけが、無表情で、空を見上げていた。
国でも有数の名家に、アウルは三男として生まれた。家を継ぐでもない、事業を引き受けるでもない三男という立場は、アウルに息苦しさばかりを教えた。吹っ切って遊び呆けてもよかったと思うが、生来の気質ゆえか、家を捨てることもできなかった。
そんなとき、父親がオーナーを務める竜が、神竜賞へ出場することが決まった。気乗りせずついていったが、レース場の光景を見て、人生の全てが変わった。
空で繰り広げられる白熱のレース。熱狂する人々。歓声、絶叫、悲鳴。騒がしい中に含まれた熱気は、幼いアウルを夢中にさせた。家へ帰るなり父親に頼み込んで、ライダーとなるべく訓練を始めた。
財力にものを言わせて始めた訓練は、アウルの才能を大きく伸ばした。努力することが気質に合っていたし、センスも良いと褒められていた。いつしか周りから天才と称され、アウル自身、それを疑わずに成長した。そうしてライダースクール入学試験を、史上最高の成績で合格したアウルは。
バレルロールを、一回、見ただけで易々とやってのける本物の天才と出会ったのだ。
周りが騒ぐ中、アウルだけが静かに空を見上げていた。人によっては、絶望しているように見えたかもしれない。怒りを抱えているように感じたかもしれない。だが、そのときアウルの胸中に芽生えたのは、絶望でも怒りでもない。
越えるべき目標を見つけた、歓喜だった。
ずっと、何かが足りないような気がしていた。努力を続けながらも、中身に熱がなかった。
その頃のアウルに好敵手と呼べる存在はいなくて、同世代でライダーを目指す子どもを見つけても、アウルの竜乗りを見れば彼らは簡単に夢を諦めた。アウルのように上手いヤツがいるのだから敵わない、そう言い残して。
しかし、世界は広かった。アウルが思っているより、もっと、もっと広かった。
アウルにとって、グレンやコクと訓練を重ねる日々が大切だった。いつか、彼らとドラゴンレースで競いたい。それが神竜賞であったなら。夢を抱くのは必然といえよう。
その神竜賞で、グレンは墜ちた。アウルと戦う前に、彼は姿を消した。やるせなかった。悔しかった。親友として助けてやれなかったことも、ライダーとして競えなくなったことも。
昔を思い返していたアウルは、ふと現実に舞い戻り、後ろを窺った。ヴォーダンが飛び抜けた洞窟からは、まだ、何者も出てきてはいない。アウルは溜め息を吐く。
ようやく、戦えると思った。互いが竜の魔術使いに乗るという奇跡の元、存分に競い合えると思っていた。ハティアはジュピターの得意とするレース場だ。ここでなら、ヴォーダンとの差は、そうない。この神竜賞でこそ、ライダーとしての技量を比べられる場だったのだ。
忌々しい事故によって、機会は粉々に砕けてしまったが。
ヴォーダンは、十五キロメートル地点を通過した。ラップタイムは乱れることなく刻まれ、魔力量は充分だ。何者も追いつけない。純白の竜は、誰にも止められない。
唯一、息の根を止められるとすれば。
急にヴォーダンが首を曲げ、後ろを見た。感情を滅多に出すことのない表情が、喜色で満ちていく。白く美しい口元が、楽しそうに曲がる。
純白の竜が、これほどまでに意識する相手は、一頭しかいない。アウルは振り返った。
洞窟を抜け出してきた、黒い影。筋骨隆々の翼で宙を打ち、前だけを見据えて、猛然と追い上げてくる漆黒の竜。その背に乗るライダーは、綺麗な姿勢を保ち、冷静沈着に竜を導いている。
あれこそ、ヴォーダンの息の根を止める、唯一の存在。喉元を食いちぎってやろうと迫る、漆黒の牙。
「ヴォーダン、前を見ろ」
呟いた声が震えていた。純白の竜は、顔を前へ向ける。
身体中を、歓喜が走り回る。嬉しさで身が震える。勝手に笑みが零れて仕方ない。
ようやく、だ。ようやく、彼と戦える。
「勝つのは、僕たちだ!」
アウルは渾身の力で叫んだ。純白の竜が甲高い咆吼を響かせる。
ヴォーダンの瞳に、紅い輝きが灯った。魔力の奔流が勢いを増す。
レースは十六キロメートル地点を過ぎ、残り、八キロメートル。
紅い流星を身に宿した純白の竜は、青い流星を灯すだろう漆黒の竜を迎え撃つ。
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