セトル・ゴッド・ノウズ 6

「オルニエス!」


 地面へ身体を打ちつけるトップライダーを見て、ドルドは立ち上がった。


「ドルドちゃん、きっと大丈夫よ。高いところで墜ちたのでもないし、すぐに救急隊が駆けつけるわ」


 マリーが気遣う言葉をかける。それを受けて幾らか冷静さを取り戻し、ドルドは脱力してソファーへ沈んだ。


「ワシの、罪だ」


 ドルドは呟く。


「ワシが、あいつに、汚い手で勝ち取った酒でも美味なのだと教えた。頂点に君臨する味を覚えさせた。こうなる前に、どうにかせねば、ならなかったのだ」


 ドルドの脳裏には、彼と初めて会ったときの光景が蘇っている。


 バルカイトは、長身ゆえ減量に苦しんでいた。体重が増えるからと極限まで食事を摂らなかったせいで、いつも顔色が悪く、筋肉も削げ落ちていて貧相だった。それでも、どうにかライダーとしてデビューするには至ったが、身体的なハンデを抱えた彼を乗せる関係者はおらず、レースへ出場できない日々が続いた。


 しかし、彼には、目の輝きがあった。純粋に竜を愛し、ドラゴンレースを愛し、厳しい状況にも負けず努力していた。ライダーとしての技量は一級品だった。環境を与えれば、竜を与えれば彼は勝てる。ドルドには、その確信があった。


 金をかけて体重管理のエキスパートを用意し、思いのままに練習できるようトレーニングルームも与えた。予想は当たり、ドルドの支援を受けてバルカイトは順調に勝ち始めた。


 そして、彼が初めてグレード・ワンへ挑もうというとき。ドルドは悪魔の果実を渡してしまったのだ。


「ドルドちゃん。バルカイトちゃんの苦しむ姿に、かつての自分を重ねてしまったのね。アナタはライダーになりたくても、身体が大きすぎて、なれなかったものね」


 マリーが慈愛の籠もった表情を向ける。それは罪の告白を促す聖母のようで。


 ドルドは無言で頷いた。


 かつて、一人の少年がいた。その少年は、一人のドラゴンライダーと出会い、憧れ、同じ世界を目指した。


 だが、少年の身体は望み通りにはならなかった。身長は一九〇センチメートルにまで迫り、ライダーとなるには大きすぎた。結局、少年は夢を諦めた。


「ドルドちゃん、もう終わりにしましょう。バルカイトちゃんが、ああなってしまったもの。これ以上、犠牲を出す前に」


 マリーは立ち上がり、ドルドに寄り添う。優しい声音で説得する。


 しかし、バルカイトは首を横へ振った。立ち上がり、マリーから離れ、瞳に闇を映す。


「オルニエスが墜ちたのは、ワシの罪だ。だからこそ、ワシはドラゴンレースを改革せねばならない。オルニエスが地位に固執したのは、若くして襲ってきた苦しみのせいだ。馬鹿なオーナーどもが、調教師が、いや協会がライダーを守らんからだ。今のドラゴンレースは、ライダーを食い物にする。ライダーを犠牲にする。そんなもの、あってはならない」


 グレーの瞳を血走らせて、ドルドは怒りのままに言った。


 自分がライダーになれなかったのは、仕方なかった。それだけならば、よかった。


 けれど、ドラゴンレースは、協会は、あの人を見殺しにしたのだ。


「ドルドちゃん……まだ、ダンキストのことを……」


 マリーは悲しそうにして見つめる。


 彼女が、なぜ、そのような目をするのか。ドルドには、分からなかった。

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