第十七話 セトル・ゴッド・ノウズ
セトル・ゴッド・ノウズ 1
五月第四週。
この日は、雲一つない晴天となった。まるで六年前と、繋がっているかのように。
グレンは病室で身支度を調える。床に、しっかりと足を突く。腕を回す。大丈夫だ、身体は動く。
「グレン、これ」
服やらを持ってきてくれたジュナが、両手で抱えてちょうどいいくらい大きな手提げ袋を差し出した。受け取ってみれば、重さもかなりある。
「見てみて」
ジュナは心嬉しいような面持ちで言った。グレンは言う通り、袋の中を覗き込む。
そこには真新しいレーシングスーツとグローブ、フルフェイスヘルメットなどのライダー用装具一式があった。グレンは嬉々として取り出す。
レーシングスーツは青を基調としていて、カラーリングは愛用のオートバイに似ていた。背中には黒色の稲妻模様が描き込まれ、漆黒の雷を連想させる。グローブにも、青い中に黒い稲妻が描かれていた。
ヘルメットは青色だった。相棒の瞳の色であり、ジュナの瞳でもあり、オートバイに乗るときのお揃いでもある。グレンは喜び笑った。
「ありがとう。大切にする」
「また壊したら、二度と買ってあげないんだからね」
ジュナが強気に笑い返す。
そろそろ、出立しなければならない時間だった。何か、伝えるべきことがあったような気がして、グレンは記憶を巡らせる。
とはいっても、無事に帰ってくる保証はない。未来について語れるものはない。
手術は成功したが無理をすれば骨が砕けると言われ、竜に乗れるだけの筋力を戻すのが精一杯で、入院してから一度も空を翔ることはなかった。身体は動くが痛みは残っており、ドーピング検査対策のため効果のある鎮痛剤は打てない。
グレンの身体は不安だらけだ。大平原を漆黒の雷で疾走しようものなら、耐えきれず、投げ飛ばされてしまうだろう。それくらい、ボロボロなのだ。
「ねぇ、帰ってきたら、なにがしたい?」
考え込むグレンを見上げて、ジュナが明るく言った。
未来についてを諦めていたグレンは、彼女の言葉で思い出す。
「ジュナが調教師を目指したきっかけを聞きながら、手作りのアップルパイが食べたい」
ジュナが意外そうに目を瞬く。
「そんなので、いいの?」
グレンは微笑んで頷く。
「そういうのが、いいんだよ」
声柔らかに答えれば、彼女は笑顔で了承してくれた。
今の自分が、未来を望むのは大それた話だが。何度も思う。何度だって、想う。
彼女の笑顔が見たい。帰ってきたら、思いきり、抱き締めよう。
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