ロード・トゥ・クラウン 4
レースは十八キロメートル地点を過ぎ、残り二キロメートルほど。前方に竜の影なく、追いつくのは難しい。ましてや勝ちなど、誰が願おうか。
並の竜であれば、グレンは諦めていた。
ジュピターは古代の力を持って生まれた。そして、
ただ、何もしなければ
グレンとジュナは、彼が挑まんとしているものに気づいた。本当に危険な状態になれば即、止めさせることを決めて、彼を信じて待った。その結果、ジュピターは
同世代の猛者たちを、漆黒の竜が抜き去っていく。追いすがるもついて行けず、竜とライダーたちは恨めしそうに見送る。
レースは、残り一キロメートル。先頭を快速に任せて飛行する、紅紫色の竜を視界に捉えた。ラストスパート時、竜の飛行速度は時速百キロメートルにも及ぶ。エテルネルグランツがゴールするまで、四十秒足らずの猶予しか与えられない。
漆黒の竜が瞳に青い光を
レースは、残り五百メートル。ついに、グレンとジュピターは、バルカイトとエテルネルグランツの背に目前まで迫った。飛行速度はジュピターが上回っている。しかし、抜かすために進路を変えれば、ゴールまでに間に合わない。
その瞬間、グレンの脳裏で、ルーキーイヤーステークスの映像が再生された。世界がスローモーションで動く。アウルの手元が映し出され、それを、なぞるように、グレンの腕は手綱を引っ張っていた。
漆黒の竜が肢体を捻った。横へ回転し、鋭く槍が射貫くような螺旋を描いて、グレンの視界は上下反転する。ジュピターとエテルネルグランツが、一瞬だけ背中合わせになった。
バルカイトが上を、グレンの姿を見ている。シールド越しに垣間見たヘーゼルの瞳は、恐れと、驚愕に塗れていた。
バレルロールでかわした漆黒の竜は、紅紫色の竜より体一つ分、前へ出た。そのまま決勝線を飛び抜ける。
ジュピターは、最後の最後でエテルネルグランツを追い抜き、見事、優勝をもぎ取った。
「やったぞ!」
グレンは歓喜の声を上げながら、喜びが満ちるまま相棒の首筋を叩いた。
ジュピターが満足そうに、勝利の
観客席へ近づく。人々は皆、何が起こったのか理解できないような顔をしている。無理もない。同世代に二頭の
「ジュピター!」
「ジュピター! ジュピター!」
幾人も叫んでいる。新たに生まれた傷だらけの英雄へ、賛辞を贈るように。
「おまえ、すっかり人気者だな」
グレンは誇らしい心持ちで、相棒の首筋を撫でた。ジュピターは上機嫌で、グァグァと鳴いている。
グレンは手綱を引き、コース出入り口付近へ進路を取る。芝生の
漆黒の竜は人々の称える声援を受けながら、地に降り立った。グレンは相棒の背から
「ジュピター!」
黒いスーツ姿のジュナが、竜の首に抱きついた。彼女の頬には、涙で濡れた跡が幾筋も残っている。
「頑張ったね! すごい! すごいよ! やったね、ジュピター!」
子どものように、はしゃぐジュナはジュピターの頭を抱き締めた。褒められて嬉しいのか柔らかな感触が好きなのか、ジュピターは目を細め口元を曲げ、人間が大笑いするのに似た表情を浮かべた。
漆黒の竜は、ちらりとグレンを見やる。彼の口元が、より一層、見せつけるように曲がる。
グレンは勘づいてしまった。ジュナに抱き締められて、いいだろう。憎らしい竜め、相棒であるグレンの密かな想いを知っていて、自慢しているのだ。ぐぬぬ、と、嘆きにすらなれない
まあ、今回の勝利は、ジュピターの努力によるものだから。大人しく譲ってやるのが、出来た相棒というもの。グレンは情けなく揺れ動く心を支えつつ、気にしない素振りで視線を他へやる。
ジュピターに敗れた竜たちが、続々と飛来していた。ヘルメットを外すライダーたちの顔は、一様にして暗い。ルーキーイヤーステークスで、グレンも味わった思いだ。同情してはならない。それは、懸命に戦った彼らを愚弄するものだ。
紅紫色の竜が飛来してくるのが見えた。着地し、背から降りたバルカイトは竜を預け、一人で歩み出す。ヘルメットを被ったままで、彼の表情は分からない。
話したいことが、あった。バルカイトの身体を気遣いたかったし、自分に夢を与えてくれた礼も言いたかった。だが、敗者である彼に、勝者となった自分が何を言えるのだろう。トップライダーの尊厳を守る術は、今のグレンになかった。
バルカイトが無言で、グレンを通り過ぎる。グレンは振り返り、彼の寂しげな背中を見つめる。心の中で語りかける。
あなたは、憧れだ。いつまでも。どんなことが、あったって。
「グレン」
ジュナに呼びかけられ、グレンは身体の向きを変えた。見れば、そっくりな優しい青い瞳が、見守るかのように存在している。
グレンは笑い返して、仲間たちの元へ一歩近づいた。
「俺たちはヴォーダンに勝ちにいく。
グレンは拳を二つ、それぞれへ突き出した。ジュナの小さな拳と、ジュピターの硬い額が、グレンのと合わさる。
挑む権利は手に入れた。漆黒と純白の再戦は、海を制する戦いだ。
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