ロード・トゥ・クラウン 2
二月第三週。ハティアの北方にある漁師町ハクアーナでは、
ケイシュレドに比べ、ハクアーナは海流も海風も厳しい地域。竜を嘲笑うように、人を翻弄するように突風が吹くそこは、ライダーの技量を試す。
ハクアーナ・レース場には、多くの人が詰めかけていた。彼らの目的は、
レース直前、スタート地点へ向かうのに建物から姿を現した竜たちが、観客席前の大型スクリーンへ次々と映し出される度、歓声が上がった。各竜、関係者たちに見送られ、飛び立っていく。
大型スクリーンに
漆黒の竜が姿を現した。途端、人々の歓声は悲鳴へと変わった。
筋骨隆々だった
ジュピターは、全く食べないでもなかったが、食事の大半を拒絶し続けた。彼を眠らせて、強制的に栄養を摂らせる手段もあったが、グレンたちは見守ることを選んだ。漆黒の竜を信じると決めたのだ。
「ジュピター……」
ジュピターの額を撫で、ジュナが辛酸の籠もった呟きを漏らした。漆黒の竜は幾らか表情を和らげ、大人しく彼女の掌を受け止めている。
「俺が、ジュピターを無事に帰す。大丈夫だ」
グレンは不安げな背中をそっと叩き、相棒の背へ乗り込んだ。
ジュピターの背は硬く、筋肉が削げ落ちているのが分かる。あの、凄まじい爆発力はないだろう。一瞬で他を置き去りにする瞬発力は望めないだろう。無事に飛びきれるかも未知数だ。
漆黒の竜が、背に乗るグレンの方へ顔を向けた。彼の目は死んでいるようで、完全には死んでいない。青い瞳の奥、確かに闘争の意志がある。
相棒は言う。心配するな、勝つから、と。
「そうだな。ああ、そうだ」
グレンは笑った。
『相棒を信じろ。そうすりゃ、結果はついてくる』
久しく思い浮かべなかった助言を胸に、グレンはジュナへ顔を向ける。
「行ってくる」
彼女が頷くのを認め、グレンは漆黒の胴体を軽く蹴った。
ジュピターが指示に従い、飛び立つ。飛行する感触は悪くない。これなら周りの竜について行くだけは飛べるだろう。
グレンたちはスタート地点へ飛来した。ケイシュレド同様、ハクアーナもスタートから五百メートルほど陸地となっている。
スタート準備をする各竜、各ライダーともジュピターを意識していなかった。痩せ細った
彼らが時折、視線をやり、最大に警戒する存在は一つ。
「そんな竜で戦えるのかね」
紅紫色の竜に乗ったバルカイトが、冷笑を伴ってグレンへ言った。シールドを上げたヘルメットの奥で、ヘーゼルの瞳が冷徹な色を帯びていた。
今年に入ってから二月第三週までに、バルカイトの成績は十二勝止まりだった。全盛期の彼ならば、既に四十勝はしていただろう。
成績不振の焦燥ゆえか、彼の表情は普段の紳士的な印象とは離れ、優しさの欠片もない厳しい顔つきになっていた。
「聞いたよ。ドルドさんの依頼を断って、そっちを選んだんだってね。俺への義理立てのつもりか? 哀れみのつもりか?」
バルカイトは、触れれば切れそうな鋭さで睨んだ。
「エテルネルグランツを俺に譲ったこと、後悔するなよ。おまえの未熟な若さが招いた結果だ」
バルカイトの顔には、
誇り高きライダーから見れば、ジュピターを選んだグレンの選択は情にほだされた以外の何ものでもなく、勝負を捨てたと怒って当然だった。トップライダーであるバルカイトであれば、尚更。
自身の不調、哀れまれたという悲観、傷つけられた誇り。それらがグレンへの激怒となって、バルカイトの瞳を曇らせていた。
「俺とジュピターは、あなたたちに勝ちます。俺は、憧れを超えてみせます」
グレンはバルカイトを正面に捉え、真っ向から言い放った。漆黒の竜は、グレンへ応えるように痩せ細った体躯で地を踏みしめる。
バルカイトの表情が醜く歪む。紅紫色の竜は、闘志を
「各竜、配置についてください!」
号令が発する。グレンはヘルメットのシールドを下げ、手綱を操り、ジュピターの顔をスタート位置へ向けた。バルカイトも竜を導く。
漆黒と紅紫色の竜が位置に着き、各竜の体勢が整った。
宙へ現れた、カウントダウンのホログラム。一つずつ減っていく数字。
「ジュピター。勝つのは、俺たちだ」
グレンは呟いた。相棒はハミ部分を強く噛み、もちろんだ、と伝える。
ブザーが鳴った。クラウンレースの第一戦、
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