第十話 スタート・アフレッシュ

スタート・アフレッシュ 1

 ルーキーイヤーステークスの翌日、ドラゴンレース専門誌ばかりでなく、一般の新聞にもヴォーダンが取り上げられていた。それほどの関心事だった。


 体が重く、鳥のような風切り羽を持っていない竜は、飛ぶときに補助として魔力を使う。魔力さえあれば羽ばたくことなく飛行できる仕組みはあるが、多くの竜は微々たる魔力量で、それは極論の域を出ない。だが、竜の魔術使いウィザードは豊富な魔力量を持ち、その極論を可能にしたのである。


 竜の魔術使いウィザードの記録は少ない。ただ一つ確かなことは、彼らが現れた時代、他の竜は何者も敵わず敗れ去っているということ。いつの時代も、竜の魔術使いウィザードは強大な力でドラゴンレースを支配していた。


 伝説が現代で蘇ったことで、世間の関心はヴォーダンと、その背に乗るアウルへ向けられた。史上初のトリプルクラウンが見えたとまで言わしめた。一日にして、国中を惹きつけるスターが生まれたのだ。


 一方、ウォーディ竜舎りゅうしゃ陣営の表情は暗い。


 ジュピターは万全の仕上がりで、体型的に最も実力を発揮できる距離だった。そこで完敗した衝撃と落胆は、甚大だ。竜の魔術使いウィザードとの圧倒的な実力差を思い知らされたのだ。


 この先、年が明ければジュピターは四歳となる。四歳の竜にとって最大の目標は、海竜賞かいりゅうしょう神竜賞しんりゅうしょう鋼竜賞こうりゅうしょうの三つ、クラウンレースと称されるものだ。


 グレンたちはジュピターの能力を信じていたし、疑わなかった。体型的なハンデも乗り越えていけると考えていた。


 しかし、そこにはヴォーダンがいる。歴史に名を刻むであろう強大な敵と戦い、勝たなければ栄光はない。完全なる敗北が記憶に染み付いているグレンたちに、勝てるという想像はできなかった。


 その前に、クラウンレースは、どれも距離が延びる。海竜賞かいりゅうしょうは二十キロメートル、神竜賞しんりゅうしょうは二十四キロメートル、鋼竜賞こうりゅうしょうは四十キロメートルという長距離だ。今のジュピターは全身に筋肉がついておりスプリンター体型で、飛べるのは、せいぜい十六キロメートルまでだろう。長い距離を飛ぶために、体型を変えるような抜本的な改革が必要である。


 それが、どれだけ竜に負担をかけるのか、グレンたちには分かっている。クラウンレースへの挑戦は夢だ。けれど、人のエゴのために竜を苦しめたくない。


 果たして、どこへ向かうべきか。グレンたちは道を見失っていた。


「帰ろうかねぇ、お家へ」


 唐突に夫人が立ち上がった。彼女はグレンとジュナに優しい笑顔を向ける。


「温かいご飯を食べて、ちゃんと寝て。考えるのは、それからよ」


 いつもの間延びした声音で、穏やかな口調で。彼女の言葉に緊張が解け、空気が和らぐ。


 気落ちしていたグレンとジュナは、互いに顔を見合わせた。昨日から食べられず、眠れず、酷い顔をしている。これでは良い案が生まれない。


 自分たちの滑稽こっけいさを知って、自然、二人の口元が綻び微笑みが零れた。


「帰ろうか」


「ええ、みんなでね」


 考えることは、たくさんある。反省も、たくさんあった。悔しさを忘れられなかった。


 けれど、それを消化するのも、昇華できるのも、今日でない。


 グレンたちは荷物をまとめ、臨時事務所を出た。

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