第八話 パシーブ・ディバイン・ドラゴン

パシーブ・ディバイン・ドラゴン 1

 グレンは腰を折り曲げ、深く頭を下げた。


「お願いします。俺に知り合いのオーナーを紹介してください」


 相手が困惑している様子を察するが、尚も視線は床を見つめたまま。


 ジュピターを勝たせるため、何が必要かを懸命に考えた。ジュピターに関することはジュナが一番理解しているし、彼女なら調教師としても最善を尽くしてくれるに違いない。


 問題は自分だとグレンは結論付けていた。五年間のブランク。グレンには、レースに出場できず全く竜に乗れなかった空白期が立ちはだかっていた。


 鍛錬は一日も欠かさなかった。技術も衰えてはいない。しかし、レース勘だけは、実際に出場し体感しなければ、どうにもならない。


 肌で感じる緊張感。本気の駆け引き。相手の戦略を見抜き、対応する能力。激しいぶつかり合い。レースでしか学べないことは多々ある。


 どれほどの身体能力や技術を持っていようが、それをレースで発揮できなければ意味がないのだ。


 かといって、今のグレンを乗せてくれるオーナーなどシーラッド夫人くらいなものだろう。昔の縁は、とうに切れている。


 ならば夫人を頼りに、もう一度、縁を結ぶしかない。


「もっと竜に乗りたいんです。もっと上手くなりたい。俺がしてやれるのは、ライダーとして勝たせることだけだから……」


 グレンは夫人に向かって、深く頭を下げ続けた。


 必死だった。必死になるべきだと思った。人付き合いが苦手だとか、こびを売るのに嫌悪感があるとか、そんなものは己の自尊心によるものだ。


 構っていられない。頭を下げるくらい、どうってことない。竜に乗せてくれるのなら、慣れない世辞だって言おう。


 自分にできる限りをするとは、そういうことだから。


「グレンちゃん、頭を上げて」


 夫人が優しい声音で言った。シワだらけの手がグレンの背中をさする。


「アタシね、グレンちゃんは一生懸命になるのが苦手だと思っていたの。熱を持ちたがらなくて、どこか冷たくてね。アナタには才能があったもの、一生懸命にならなくたって勝てていたのよね。神竜賞しんりゅうしょうの事故があっても、アナタはやっぱり必死になりきれなかった。そんなアナタに、オーナーを紹介するのは難しいと考えていたの」


 夫人の掌がグレンをで続けていた。言葉の一つ一つが心にみ、降り積もっていく。


 温かい。シワだらけで、か細い手も。柔らかく紡がれる言葉も。


「でもね、今のアナタなら、きっと大丈夫。他のオーナーとも上手くやれるわ」


 グレンは弾かれたように視線を上げた。慈愛のもった老女の笑顔が、しっかり頷く。


 目の前にいる老女は、たぶん、ずっと見守っていてくれたのだ。見放さないでそばにいてくれたのだ。それに気づかなかった後悔と知れた感謝とが胸中でない交ぜになり、感極まる。


「ありがとう、夫人」


 グレンは、先ほどよりも深く頭を下げた。彼女の優しさに、少しでも報いようとして。


「やっぱり、アナタはダンキストに似てるわ。応援したくなっちゃうのよねぇ」


 夫人は懐かしむように、しみじみと呟いた。彼女の掌は優しく親しみに溢れて、グレンの背中をさすっていた。

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