第四話 メイク・ワンズ・デビュー

メイク・ワンズ・デビュー 1

 神竜賞しんりゅうしょうが終われば、年若い竜の登場に活気づく季節だ。後に頂点を獲る竜も、一生を勝てずに終わる竜も平等に出場するデビュー戦。それが新竜戦しんりゅうせんである。


 ジュピターは六月の新竜戦しんりゅうせんを目指していた。体格はどうあれ、年若い竜にしては体がしっかりして成熟している。まだ他の竜が成熟しないうち、早い時期のレースで勝ちやすいのでは、という考えだ。


 だが、あくまで勝つための確率を数パーセント上げる程度だ。根本的な問題、体が重いため長く飛べないジュピターをどうやって勝たせるのか、その解決策は見つからないままだった。


 そして、もう一つ。グレンの前に立ちはだかる問題がある。


「おまえ、サボるな!」


 グレンはシャベル片手に叫んだ。貸してもらった作業服、頭には白いタオルを巻いて、見た目は土木関係の業者である。


 グレンが睨む先にはジュピターがいた。漆黒の体に太いロープを巻き付け、木製の荷車を引いている。が、彼は眠そうに欠伸をして佇んでいた。働く気配がない。


 グレンはシャベルを投げ捨て、ジュピターに駆け寄った。


「一体、どいつのせいで地面埋めてんだろうなぁ?」


 凄ませる剣幕で詰め寄るも、漆黒の竜は涼しい顔でそっぽを向く。口笛でも吹きそうなほどの余裕だ。もしかしたら吹くのかもしれない。こいつは、それほど底意地の悪い性格だ。


 もう一つの問題。それは、グレンとジュピターの関係性にある。


 とにかく、ジュピターが言うことを聞かない。ジュナによれば、元々、人に懐かない気性だというが、これでは信頼など生まれずレース中の指示も出せない。相棒なんておこがましい、それ以前の問題だ。


「ジュピター、ちゃんとやるの!」


 グレンと同じく作業服を身につけ、土を運んでいたジュナが叱りつける。するとジュピターは背筋を伸ばし、休んでいたのが嘘のように、きりきりと働き出した。ジュナの元へ行き、荷車に土を乗せて運ぶ。


「ジュナの言うことは聞くんだよな」


 グレンは不満を込めて呻った。


 ウォーディ竜牧場で生まれ育ったのだから、ジュピターにとってジュナは育ての親だろう。過ごした時間の分、信頼が育まれている。


 しかし、それを引き合いに出してしまえば、レースに乗るだけの接点しかないライダーは、皆、竜に乗れないことになってしまう。どんな竜でも手懐けてこその、ドラゴンライダーだ。グレンもこれまで、気性の荒い竜に乗り勝った経験がある。人より竜に接する方が得意だという自負もある。


 それでも、ジュピターは何かが違うのだ。気性が荒いだけでない、性格が悪いだけでもない、ずっと深いところに大切なものが隠れている気がする。


「ジュピターに乗るの、難しそう?」


 歩み寄ってきたジュナが心配げにいてきた。グレンが難しい顔で、漆黒の竜を見つめているのに気づいたのだろう。


「わからない。でも、もう少しで、わかりそうな気がする」


 グレン自身が不安になる、状況説明だった。もっと安心させてやれる材料が欲しかったが、生憎あいにく、グレンに気を回す才能はない。


「大丈夫、まだ時間はあるから」


 ジュナは大らかな口振りで言った。彼女は落ちていたシャベルを拾い、グレンに手渡す。グレンの胸中に、爽やかさが吹き込む感覚があった。心が楽になる。本当は彼女にこそ楽になってもらいたいのに。


 五年前の神竜賞しんりゅうしょうの事故から、ウォーディ竜牧場の行く末を案じていた。経営していた一家が無理心中したという噂があったし、借金まみれで一家離散という話もあった。実際に確かめれば良かったのだが、ゴルトを死なせてしまった自分に会う資格はない。


 だから今、目の前にジュナが存在していることは、グレンにとって何よりの救いだった。彼女のためなら、できる限りのことをしようと決意していた。


「ジュピター、あなたのこと気に入ってると思う。だって、あの子に乗れたライダーは、あなただけだもの」


「え、俺だけ?」


 驚くグレンが面白いのか、ジュナが笑う。


 最初の印象こそ勝ち気であったが、いや、喧嘩の仲裁を見ていると勝ち気なのは間違いないのだが、彼女の表情はくるくると変わった。根が素直なのだろう。よく笑い、よく怒る。それが温かく、穏やかな気持ちにさせてくれる。


「興味を持ってくれたライダーは何人かいたんだけど、ジュピターは嫌がって近づくことも許さなかった。それが、あなたには許してるというか、自分から構いにいってるっていうか。あなたのこと、認めてる証拠よ」


「馬鹿にしてる、の間違いじゃないといいが」


 意地悪く笑む竜の顔が思い浮かぶ。グレンは勢い良く頭を振って、想像を追い出した。


「その状態で、よく出場試験クリアできたな」


「ご心配なく。だって、私が乗ったんだもの」


 ジュナが自信たっぷりに胸を張る。


 レースへ出場するためには、ライダーだけでなく竜にも試験が課せられる。安全な進行や運営のためだ。暴れて人の言うことを聞かなかったり、飛行能力に難ありと判ぜられた竜は、その時点でレースに出場不可となる。


 ジュナは、乗った、と軽く言ったが、竜は素人に扱える生き物ではない。それなりの経験と知識が必要になるし、竜乗りに関しては運動能力も必須だ。改めて彼女の能力を尊敬する。


 ジュナ・ウォーディ。去年、史上最年少の二十歳で竜調教師になった才女。今年の四月から調教師として開業し、まだ勝利はなし。管理している竜はジュピター一頭のみ。


 彼女の能力と将来性からして、もっと竜を預けられてもいいのだが、オーナーには頭の固い男性老年者が多く、女性であることや若さが嫌われたのだろう。見たところ、こびを売るのが苦手そうな性格であるし。


 同じく媚を売れないグレンが、言えたことではないが。


 胸を張るジュナを見ていると微笑ましい。年齢差もあって、グレンには妹のように映る。兄貴としては、調教師開業祝いの一勝を早く贈りたいものである。


「早く、あいつの相棒になれるよう努力する」


 グレンはジュナの頭に掌を置いて、ぽんと軽くでた。彼女は耳まで真っ赤になって、子ども扱いしないでよ、と口を尖らせる。可愛い反応に、自然と口元が緩んだ。


 ジュナと談笑していると、ぬっと現れた大きな影に体当たりされた。グレンの身体からだが曲がり、地面に突っ伏す。


 見上げれば、漆黒の竜が鼻息荒く睨んでいた。ぶふぅ、と、彼は大きく鼻を鳴らす。


 竜の言わんとしていることが、わかった。たぶん、休んでいないで働け、だ。


「はいはい」


 グレンは立ち上がり、腰を伸ばす。急に身体が曲がったせいで痛みが残る。


 ジュピターは態度に不満を持ったのか、急かして、背中に頭突きを入れてきた。グレンの身体が、また不自然に曲がる。


「いてぇ! おまえだって、サボってたろうが!」


 グレンはジュピターの首に飛び付いた。ガウアァ、喧嘩腰で竜はえる。一人と一頭は互いに引けない戦いを始めてしまった。


 ジュナの眉がつり上がっていく。苛々した様子で腕を組む。


「また喧嘩しない! 終わらないでしょ!」


 一人と一頭の動きがピクリと停止した。鬼の形相を見つけ、グレンとジュピターは互いに離れた。


「俺たち、仲良しだよな」


 今は協力しよう。漆黒の竜に視線で提案する。


 ガウガウ。意図をみ取ったジュピターは、地面に転がるシャベルを口でくわえ、そっと丁寧に渡してきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る