第三話 バディ・フォーフェイト

バディ・フォーフェイト 1

 グレンは、緩やかにまぶたを上げた。


 見慣れない、白い天井。腕を持ち上げようとして、上手く身体からだが機能しないことに気づく。息を吐いて、やけに生温かい。グレンは、自分が人工呼吸器のマスクを装着しているのだと思い当たった。


 思考が混乱する。ここは、どこなのか。自分は、何をしているのか。意識が覚醒していくとグレンを痛みが襲った。身体を起こそうにも力が入らない。身体中に包帯が巻いてある。思わず呻き声を上げれば、近くにいたアウルとコクが気づいて人を呼ぶ。


 二人が不安と心配を織り交ぜた表情で見守っている。グレンは口を開き、問いかけようとした。しかし、上手く声が出ない。


「まだ無理だ。寝てろって」


 コクがグレンの肩を押し、ベッドへ戻した。アウルが頷く。


 部屋に白衣を着た男女が走り込んできた。彼と彼女はグレンの顔を見て、触り、確かめる。


「ご自分の名前は、言えますか?」


 白衣の男が尋ねた。グレンは鈍く、どうにか正解を答える。


「今の状況が、わかりますか?」


 グレンは小さく首を横に振る。


「なぜ、ここにいるのか覚えていますか?」


 グレンは、もう一度、首を横に振った。白衣の男は頷き、アウルとコクへ向き直る。


「記憶の混乱がありますね。あまり無理はさせず、様子を見ましょう」


 二人は素直に頷いた。それから白衣の男はグレンをつぶさに観察し、白衣の女に何事か伝え、連れだって退室した。


 室内に静けさが満ちる。無音でなく、ボタンを押したときのような機械音が鳴っていた。それが心電図モニターから発せられる音だと知り、人工呼吸器を装着しているのだから、グレンは自分が病院にいるのだと理解した。


「オレたちのこと、忘れてねーよな……?」


 グレンの顔を覗き込んで、泣きそうに表情を歪めたコクがく。隣のアウルも、不安を隠せない様子だった。グレンは笑おうと口元を曲げた。大切な親友を忘れるはずがない。


「まだ、ボケてないぞ」


 冗談めかして言えば、二人は感極まったかのように唇をぐっと噛み締めた。


 段々と意識が覚醒してくる。徐々に記憶が戻ってくる。今日は神竜賞しんりゅうしょうだ。グレンは相棒と共に、ドラゴンレース最大の栄誉を獲りに行く。クラウンレースの二つ目を制覇し、未だかつて誰も成したことのない偉業へ王手をかける。


 なのに、なぜ、病院で寝ているのだろう。この怪我は、どうしたのだろう。これでは神竜賞しんりゅうしょうで乗れない。そもそも、今は何時だ。神竜賞しんりゅうしょうは。ゴルトは。


「ゴルトに、乗らないと」


 グレンは呟いた。相棒の顔を見ないと落ち着かない。胸の奥が騒いで、叫びたくなる。ゴルトに誰が乗れる。自分以外の誰が、相棒になれるのだ。


「覚えて……ないのか?」


 アウルが青ざめて呟いた。コクは顔を背ける。


「なに、を?」


 グレンは問い返した。悪寒のようなものが全身を駆け巡る。これ以上、先をただしてはならないと何かが教えていた。


「ほら! おまえ、疲れてんだよ! 大怪我なんだぞ? 今はさ、ちゃんと休めって!」


 アウルの前にコクが割って入った。彼は大きく喋り、笑い、大振りの仕草を見せる。グレンは確信した。彼がそうやって話すときは、何かをごまかしたいときだ。


「頼む」


 痛みを堪え手を伸ばし、コクの腕を掴む。感情を隠すのが得意な彼が、耐えきれないというように首を振る。グレンは手に、ありったけの力を込めた。コクの表情に苦悶が混じる。


「……神竜賞しんりゅうしょうは、終わった」


 コクは、ひっそりと零した。


「ゴルトは、死んだんだ」


 グレンは自分の心臓が止まったと思った。

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