第5話 夜空

「あーもう、許してって昨日のことは。あんな簡単に騙されるとは思わなかったんだもん」

「いやそれ俺のこと一周回って馬鹿にしてますよね? 騙されやすい男だって」

 あのあと、本気でぶちギレた俺は全速力で自転車を漕ぎ、超高速で家に帰った。そして自分の見事なまでの騙されっぷりと彼女の指先とに恨みを覚えた。

 現在はそんな恥ずかしさと怒りに震える俺と、平謝りを繰り返す彼女との間で必死の攻防戦が繰り広げられている。

「そんなことないから、ね? 君はとても良い男になるよ」

「別にそういうことが言ってほしいわけじゃないんですけどね」

 まあ確かに、ああいうことをしてくれた彼女には正義のつんつんが下ってほしいところだが、自分もそこまで激怒しているわけではない。ただこうして一度怒ってみてしまうと、なかなか引っ込みがつかないものなのである。

「お願いだからもう許して。うさぎは寂しいと死んじゃうんだぞ?」

「あなたは寂しくても死なないでしょ」

「もう、そんな厳しいこと言わないでって。ホントの君は優しい人なんでしょ?」

 こう言って目をウルウルとさせた。自分もいつまでも鬼みたいな人間ではいられないから、許しを請う者は受け入れ、また仏のように振る舞ってやるべきだと思う。

「はいはいもう分かりました。許しますから。今日はもう帰らせてください」

「え、なんで帰っちゃうの?」

「別に明日だって会えるでしょう、昨日も今日もここにいたんだから」

「それもそうね。なんせ私、ここに住んじゃってるから」

「冗談でしょ?」

「もちろん冗談よ」

 彼女は今日も、得意げに微笑んだ。


 N市の夜空は果てしなく透き通っている。これがまた冬の空であるから、なおのことだ。そこには星こそ浮かばないけれど、月は切り取ったかのように真ん丸である。

 道が広く、それでいて人は少ないから、自転車を走らせると心地が良い。自分がなぜ駅までの道のりにバスを使わないのかというのには、こういった理由がある。もちろん朝のバスが満員だからとか、本数が少ないからだとか、運賃がかかるからだとか。諸々の事情はあるけれど、やはり自転車に乗るという行為自体が自分は好きなのだと思う。それは中学生の頃からずっと変わらないものだ。

 ちょうど今、小学校の前を通り過ぎた。おんぼろな校舎は、夜になるとお化け屋敷のように見える。通い始めた頃はあまりの醜悪さに嘆いたものだが、今となっては笑い話だ。当時は隙間風とか窓の損傷とか、当たり前の生活だった。今は窓側の席というだけでぶるぶると震えているから、随分軟弱になったものだ。


 高校に入学してから、毎日変わらない日常を送っている。目を覚まし、飯を食べ、自転車に乗り、電車に乗り、登校し、授業を受け、級友と駄弁り、気づけば下校の時刻。

 別にその生活に対して、不満とかはないのだけれど。やはり味気ないというか、一時期は部活や委員会に入ってみようとかも考えたが、結局その道を選ぶことはなかった。だから、放課後も忙しくはないし、ただひたすら家に帰るだけである。そんな毎日。


 無論、今は違うが。

 違うというか、少しだけ楽しい生活に変わりつつある。地元の公園なんて、この年齢になれば寄る場所じゃない。だけど、あそこは本当に特別な場所だと思っている。

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