第2話 イルミネーション
隣町とはいえ、最寄りのスギノキ駅までは電車で一時間ほどかかる。
委員会や部活に所属しているわけでもないのに、気づけばカラスと一緒に帰らなくてはならない。
この空も一週間くらい前まではまだ明るかったように思うが、冬至が近いのでもう濃紺である。代わりに駅前がライトアップされているけれど、個人的な評価はかなり低い。それは駅周辺の開発に対する辟易なのかもしれないし、クリスマスイルミネーションという文字列に対する単純なアレルギー反応なのかもしれない。
駅前並木のイルミネーションが始まったのは、自分が中学二年生の頃だ。当時は学校まで自転車通学で、下校時はよく寄り道をして帰った。家までの道のりが長いから、ありとあらゆるところで道草を食うことができる。中でもよく立ち寄った場所はこのスギノキ駅周辺だ。市立図書館、百貨店、ファミレスを筆頭に、学生の暇つぶしに適した施設がいくつも集まっている。
あの日も確か、学校の帰りに図書館を訪れたのだった。特に借りたいものや読みたいものもなかったけれど、居座っているうちに日が暮れてしまった。慌てて帰ろうと外へ出ると、なにやら並木の方の様子がおかしい。気になった勢いで自転車を漕ぐと、やがて金色に輝く並木道が現れた。それが今年から行われるクリスマスの企画であるということは、駅前の広告からすぐに分かった。
そして数日も経たないうちに、学校内はイルミネーションの話題で埋め尽くされるようになった。同級生はもちろん上級生に下級生、教職員までもがこのクリスマス企画に熱狂した。みんなで見に行こう、日付はどうする、行ったらあれをしよう、これをしようなどと毎時間のように盛り上がっていた。
しかしその何日か後である。駅前並木で大きな暴行事件が起こった。話によれば、例のイルミネーションのため集まった観光客が、殴り合いをしたとか何とか。あくまで噂なので詳しいことは分からない。
ただ、生徒らが並木道へ行くということは学校側の配慮により禁止となった。
寒空の下、自分の吐く息がいちいち白みがかってみせる。
駐輪場から自転車を出すと、相も変わらずライトアップが眩しい。特に並木道の方は、俗のシャンパンゴールドとかいう色で瞬いている。シーズン限定の鮮やかな色彩が、また悲しみを生まないようにと切に願う。
折角だから並木道を通ってかみようなんて、いつしか魅了された景色にまた淡い期待を抱いてしまう。それでも、かじかむ指先に力を込めて、俺はそっとその自転車を押した。
天井からは金の明かりが注ぎ、集まる人々はみなその洗礼を受けている。トンネルの向こうには図書館が見えるけれど、その輪郭は微かにぼんやりとしていた。
少しして並木の中間地点、スギノキ公園に着いた。ここは花壇や低木などにも簡単なイルミネーションが施されている。中でも一際目立っているのが公園の奥に生えるヒマラヤ杉の木。赤や黄、緑に装飾され、いかにもクリスマスツリーだといった雰囲気でいる。今は一人も客が入っていないけれど、本来はインスタ映えやSNS映えを狙える重要スポットなのではないだろうか。
まさにそう考えた瞬間、ツリーの下で人が倒れているのを発見した。驚いた俺は周囲を見渡すが、このことに気づいている人間は誰ひとりいない。第一発見者が簡単に見捨てるわけにもいかないから、とりあえずその人へ声をかけることにした。
「すみません、こんなところで大丈夫ですか?」
「……え?」
そこに倒れていたのは、二十代くらいの若い女の人であった。
「あ、いえ。こんなところで横になっているので、大丈夫かなあと」
「……もしかして君、私のことが見えるの?」
「え……あぁ、はい?」
どうやら俺は変な人に声をかけてしまったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます