零時零分、オリオンの輝き

ひじり

第1話 N市

 生まれてこの方、N市というところに住み続けている。

 高校こそ隣町になってしまったが、それまではずっとこの町の学校へ通っていた。

 戦前に建てられたというおんぼろな校舎は、見た目以上に中身が酷く、椅子の脚が突然折れたり、下駄箱が開かなくなったり、廊下に亀裂が入ったり。なにかと怪奇的なことが立て続けに起こっていた。それらをすべて言い尽くそうと思えば、到底きりがない。

 所詮はこの町の学校だから、こういう話があって当たり前である。N市の子供だということは、結果的にあの小中学校に入学するということであったし、市の学校に通うということは、歴史ありきのぼろ校舎を堪え忍ぶということでもあった。

 つまるところ、自分は単なる田舎者に過ぎないのだと心から思う。


「そんで……お前はさっきから何が言いたいの?」

「だからさぁ、再開発とか都市開発とかってもううんざりなんだよ。誰の利益につながるわけでもないことをうちの近くでやってくれるなって話。分かるか?」

「いやさっぱり」

「ったく、これだから都会の人間は」

 行き場のない恨みを紙くずにして、思うがまま投げた。初めはきれいな放物線を描いていたが、やがて空気の抵抗に負け、ごみ箱の手前に着地を決めた。

「いやぁ、俺だって別に都会住みじゃないけどな」

「何それ煽ってるの?」

「今の発言のどこに煽り要素があったのか是非とも詳細に教えていただきたいね」

 スマホをいじり、皮肉を呈す級友はやがて呆れたように溜息をついた。


 冬は高校の昼休み。投げたごみが入らないから、いちいちそれを入れ直さなければならない。こうなるくらいなら初めからきちんと捨てておけば良かった。

「まあまあ。地元が整備されてるっていうなら良い話じゃないか。少なくとも昔のお前はN市がきれいになってほしいって思っていたんだろ?」

「そうは言われてもなあ。ビルやら高層マンションやらを建てることがすべてじゃないし、その所為で土地に風情が無くなるというのも地元民としては結構寂しいことで」

「うっわ、何それだるいわ。めんどくさ」

 そう言うと、彼はこれでもかというくらいに眉根を寄せてみせた。

 確かに地元の人間というのは、恐ろしいほど面倒くさい生き物である。

 口を開けばすぐに町の文句、不便だとか、人が少ないだとか、とりあえず気に入らないだとか。そんなことばかり言っているくせに、いざ誰かに否定されるとその事実は認められない。というか、他人が地元の話をすること自体、許されていない。地元愛というよりは独占欲、言うならエゴにも似たような感情がはたらいているように思う。ソースは俺。

「そうか。まあお前が言うんだからな、正真正銘ジレンマなんだろう。俺の知ったことでもないが」

「別にいいよ、今さら開発を止められるわけでもないし」

「いやぁすまんね、自分が都会の人間であるばかりに。もっとお前の気持ちを分かってやりたかったよ。あぁ、こんな自分が惨めでたまらない」


 願わくばこの皮肉な男に正義の鉄槌の下らんことを。などと天に向かって祈ってみるが、無機質なチャイム音は構うことなく昼休み終了の合図を告げた。

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