第7話 何事もまずは経験!①
授業の時間割は、クラス共通のものと、個人の得意とする分野を組み合わせるため、それぞれで違っている。先に放課後を迎える者もいれば、特別授業に向かう者もいる。
特別授業が開始し、授業のない者は帰宅や部活に行った時間帯は、中庭に
そんな中に、少年の声が響く。
「何言ってるんだよ、ばーか。……ははっ、悪かったって。ほら、行くぞ」
楽しそうな声音だった。
けれどすぐに、
「……違うか? むぅ……?」
楽しそうな声は抑揚ない低いものに変わり、独り言を漏らす。
その声を聞きながら、アラトはゆっくりと、台本に視線を落としながら首を傾げているリクの下へ歩み寄った。
「
呼びかければ、リクが顔を上げる。
「
「う……えっと……」
美術特別授業が真っ最中であることを指摘されて、アラトは狼狽えた。
すっかり頭から抜け落ちていたが、本来いないはずの時間に現れれば、指摘を受けることは当然だった。
瞳を彷徨わせるアラトを、リクはしばし見つめていた。
「……いや、まあいいか」
が、特に興味なさげに、自ら話題を打ち切ってくれた。
……いや、興味がないというよりは。
「ちなみに俺はこの時間は授業ないから。この時間は人もいないし、いつもここで練習してる」
そう続けたことから、答えに渋るアラトに気を遣ってくれたのだろうと分かった。
優しさに安堵したアラトは遠慮なく、変更した話題に乗っかることにする。
「そうなんだ。あ、でもそうだよね。だってここでリク君のマギカルト見たんだもん」
「あのときか」
思い出しているのかリクが目を細める。
アラトも脳裏に、そのときのことを思い浮かべた。リクのマギカルトを見かけて感動したこと。スケッチしていたらナキリに話しかけられて、驚いて逃げたこと。その際にスケッチブックを落としてしまったこと――。
「まさかあれから、こうやって一緒に色々することになるなんて思ってなかったなあ」
こうやって誰かと一緒に何かをするようになるなんて、あのときの自分は思ってもいなかった。
と、そこでアラトの目が、リクの手にある台本を捉える。先ほどリクが読み上げていたセリフも耳の奥に蘇り、何のための台本なのかすぐに察しがついた。
「練習、どう?」
「ああ。
生徒会主催の作品展に自分達のボイスドラマを出展する。
そう決めてからのナキリの行動は早かった。
作品展には学外からも人が来ることに目をつけ、どの層にも受け入れてもらえるものを作りたいと言い出した。
そして色々と考えた結果、彼女が選んだ題材は『恋愛もの』だった。
内容は、互いを好き合っている、けれどまだ付き合っていない二人が遊園地に遊びに行く、というものだ。片思いだと思い込んでいるからこその距離感や、両思いに至るまでの過程に共感してもらったり、ドキドキしてもらおう、という意図があるらしい。
ざっくりと内容を決めた二日後には「とりあえず」と台本を持ってきたのには、アラトも驚かされた。
もちろん細かい部分は修正していくが、大体の流れやキャラクターの把握を、みんなにしてもらいたい、とのことだった。
おかげでアラトも、構図などのイメージへ早速取り掛かれている。
それはリクも同じで、だからこそここで練習しているに違いない。
の、だが。
「なかなか……しっくりこないというか」
腕を組んで唸るリクに、アラトはきょとんとした。
「しっくり?」
「水留に、もっと楽しそうにって言われてるんだ」
「もっと楽しそう」
復唱しながら、先ほどのリクの言い方などを思い返してみる。別におかしいトコロなどなかったように思うのだが……。
「ちょっと見てくれないか?」
「僕でよければ」
頷けば、リクは微かな笑みと共に礼を述べると、台本を見やる。
途端、笑みが深くなる。リクとしてではない。ボイスドラマのキャラクターとしての顔だ。
「何言ってるんだよ、ばーか。……ははっ、悪かったって。ほら、行くぞ」
遊園地を歩きながら、隣にいる女の子に向けて。からかったところ、言い返される。そのやり取り自体が楽しくて仕方がない。
そんな一場面だ。
「……どうだ?」
「うーん……ごめん、僕にはちょっと分からないや……。役に立てなくてごめん……」
「いや。こっちこそ悪い」
ナキリの、もっと楽しそうに、という意見が分からないわけではない。しかしだからといってどうすればいいというのは分からない。
「演技するときって、楽しい演技だったら楽しいこと思い出したり、悲しい演技だったら悲しかったときのこと思い出してやったりするの?」
演技をするときの感覚や考え方が気になって、質問を投げかける。
「……そう、だな……? いや、なんというか……あまり考えたことなかった」
「そうなんだ?」
眉根を寄せ、リクはじっと台本を見下ろす。
「そういう楽しいことを経験したら、そういう演技ができるようになるのか……?」
「まあ経験するのが一番手っ取り早いかも……?」
「例えば?」
「えっ? 例えば?」
答えたものの、具体的な策を想定していなかったため、アラトは眉間に皺を刻みながらも頭を巡らせる。
「楽しいこと……あ、遊園地とかは? ちょうどシナリオでも行ってるし。そのときのこと思い出してみるとか」
「……行ったことないな」
「え、ないの!? 子どものときとか」
「あのときは忙しかったしな」
「そうなの?」
「ああ。あのときは……一応、子役って形で色々してて」
「そうなんだ!? すごい!」
リクが子役をしていたというのは聞いていたが、それだけ仕事をこなしていたというのは初耳で、アラトは目を輝かせる。
「全然だ。本当にすごかったら今頃……」
謙遜か――謙遜にも、本気でそう言っているようにも見えたが、アラトに判断はつかなかった――リクは首を横に振る。
「いや、それより今は作品展に向けてだ」
そう呟いて、彼は話題の軌道をそもそもの形に戻した。
「正直……参考になりそうな楽しかった経験に覚えがないな……。遊園地か……一度行ってみるのもありか……?」
「あ、じゃあ僕も行きたいかも。背景の資料がほしくて」
ネットで写真を探したりもしたが、やはり実際に見た方が描く際に立体感が出る。
「それなら水留さんも誘う? シナリオ、まだちょこちょこ直すって言ってたし、それの参考になるかも」
「そうするか」
絵も、演技も、シナリオも。経験を積んでおくことは、取り掛かるのに悪いことでもないだろう。
というわけで、三人で遊園地へ行く計画が立ったのだった。
◆ ◆ ◆
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