第6話 隣はいつも青く見える②

 次のボイスドラマの話し合いも進んだその日、収録室にナキリの姿がなく、アラトはきょとんとした。


「あれ? 五星≪いつぼし≫君だけ?」


 特別な用事でもない限り、ナキリは真っ直ぐここへ来る。アラトやリクより先に到着しているのが常だった。


 にもかかわらず、収録室には台本を読むリクの姿しかない。


「まだ来てないな」

「そうなんだ」


 トビラを閉めながら答えたアラトは、リクの隣のイスに腰を下ろす。


「あ、そうだ。水留≪つづみ≫さんが来る前に、五星君も見てくれる?」

「それは?」

「次のボイスドラマに使うイラスト」


 取り出したのはスケッチブック……ではなく、ノート。授業中に描いてもバレないようにするためである。


「ラフを何枚か描いてきたんだ。結局次も女性向けのシチュエーションものにしたでしょ? 働く男シリーズってことで、何種類か描いてみて……」


 ノートを開き、リクに手渡す。ぱらぱらとページを捲ったリクは、感心にも近い声を漏らした。


「こんなに? 早いな」

「え、そうかな?」

「ああ。驚いた」

「ありがとう。多分、五星君や水留さんに褒められて、調子に乗ってるんだと思う」


 えへへ、とアラトは小さく笑う。


 自分の絵を求めてくれる人がいる。そう思うと、次から次にアイディアが浮かび、それを描きたくて仕方がなくなってくる。授業中、休み時間、睡眠時間さえ削って描いたりもした。苦はない。むしろもっと、と思うくらいだ。


 そんな話をしていたアラトは、勢いよく扉が開く音を聞いた。


 同時に、


「アラト君! リク君!」


 叫ぶように名前を呼びながら、ナキリが飛び込んでくる。


「あ、水留さん。ちょうどよかった。今、イラストをね」


 後ろ手でトビラを閉めて歩み寄ってくるナキリへ、アラトはリクの持つノートを目線で指す。


 しかしナキリはそれどころではなかったようで。


「これに出ましょう!」


 眼前で足を止めると、二人の前に片手を突き出した。そこには一枚の紙がある。


「なんだ、そのチラシ」

「生徒会主催の作品展をするんですって! 外部の人も呼ぶらしくて! 出ない手はないわ!」

「作品展……?」


 文化祭のようなものだろうか。


 聞き返すアラトに、ナキリが鼻息荒く答える。


「例えば私達の場合は、教室を貸し切って、ボイスドラマの上映会とか! ともかく、こういった場には参加して、こんな活動をしてるってことは広めないと! 名前を売るチャンスを逃すべからず!」

「な、なるほど……」

「他人≪ひと≫事じゃないんだからね、アラト君。マギカルトがあってもなくても、宣伝って大事なんだから。お互い、すべて利用していきましょ。学園側だって私達を宣伝に使ってるんだから。私達も使えるところは使っていかないとね」


 お互い。すべて。そこには学園だけではなく、自分達個人も含まれている気がして、アラトは苦笑した。


 同じことをリクも考えたのだろうか。


「水留のそういうところ、すごいと思う」


 素直に感想を述べていた。


 その言葉をナキリはどう受け止めたのか。


 にこにことしていた顔に、さらに深い笑みを刻むと。


「あら、褒めてくれるの? ありがと」


 ウインクでもしそうな、楽しげな声色でそう言った。


◆ ◆ ◆

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