第5話 諦められない思い③
「来栖、結局来るのか?」
歩きながらリクに尋ねられて、アラトはうっと言葉に詰まった。
「行くっていうか……その……さっきの話聞いたらほっとけないというか……」
言い訳がましいと思いながらも口にするアラトの脳裏に浮かぶのは、昨日「最終審査に残った」と報告してくれたナキリの顔だ。
「水留さん、あんなに嬉しそうだったのに……」
今頃、どんな思いでいるのだろう。
そう思うと、一人だけ帰る気にもなれなかった。
「そうか」
納得したのか、特に表情も変えずリクは応える。
そんな会話をしている内に収録室へ辿り着き、リクが扉を開けた。二人で中へ足を踏み入れる。
そこには、ナキリの姿があった。
「っ……なんで……」
イスに腰掛け、手の甲で何度も目元を拭っている。しゃくり上げる彼女に、アラトの胸が強く締めつけられた。
「
彼女を案じてここまで来たし、この状況も予想はしていた。
けれどいざ目の前にすると、どうすればいいのか分からない。それでもなんとかしなければと、遠慮がちにアラトは名前を呼ぶ。
対してリクは、
「泣いてるのか?」
単刀直入にそう言った。
「っ!?」
ぎょっとしたのは、もちろんアラトだけではない。
「な、なんで二人がここにいるの!?」
むしろ声を掛けられた張本人が焦るのは当然で、ナキリは叫ぶように言いながら、慌てたように顔を背ける。
「なんでって……呼んだのはお前だろう?」
ナキリが泣いているのを気にも止めず、リクは後ろ手で扉を閉めた。
わざと気にしないようにしているのかと思ってしまう態度だが――そうであればそんな聞き方もしないだろう。
「だって……」
こちらを見ず、何度も顔を擦りながら、ナキリが呟く。
「アラト君から聞いたんじゃ……だからもう来ないと思って……」
自分だけだと思ったから、感情に任せて泣いていたに違いない。扉を閉めていれば、声は外に漏れない。
ぐすっ、とナキリが鼻を啜る。
「あ、あの……水留さん、ティッシュあるから……よかったら」
突っ立ったままだったアラトは、それを聞いて我に返る。
ナキリへ歩み寄ると、ポケットから取り出したティッシュを差し出した。
「賞……残念だったね」
ゆっくりとナキリが、アラトを見る。見上げてくる目は真っ赤になっていた。
不意に、くしゃりと彼女の表情が歪む。
「っ……何よ! マギカルトを持ってないと評価もしてもらえないの!?」
奪うようにティッシュを取ったと思ったら、ナキリは睨むようにキッと目尻を吊り上げて怒鳴った。
「えっ!? い、いや、あの……」
「だったら初めから、募集要項にでも書いときなさいよ! 期待させといて! マギカルトが使える人しか求められないんだったら……使える人に頼る以外、私にできることってある!? そうじゃなきゃ見てもらえない。でも……だからってそれは、私の作品を見てもらえるってことでもなくて……」
面食らって何も言えないアラトを無視して、ナキリは捲し立てる。
「二人はいいわよね! スランプでも弱くても、マギカルトは使えるんだから! 私なんて……!」
「水留さん……」
「何よ、何よ……」
じわりと、ナキリの目に涙が浮かぶ。ぼろぼろと溢れ出し、頬を伝って落ちていく。
「どうせマギカルトがないと意味ないんだから、諦めたらいいのに……でも……できなくて……ッ! もう嫌よ、こんなにしんどいのに……なんで……」
声はだんだん湿っぽくなり、か細くなっていく。
室内には、ナキリのしゃくり上げる声だけが響いていた。
リクは何も言わず、ただ、そんな彼女を見つめるばかり。
アラトもしばらくの間、何も言わなかった。
だがそれは、動揺だったり、ナキリをどう慰めようなどと考えていたからではない。
「……その気持ち、分かるな……」
ぽつりと、アラトは唇を開く。
ナキリの言葉に触発されて、胸の奥から何かが溢れてくる。
「え……?」
「僕も……諦めたらきっと楽だった。けど好きだから捨てることもできなくて、無様に縋りついて……だけど辛くなるばっかりで。なんなんだろうね、これ」
驚いたように丸くした目を、ナキリはアラトに向ける。濡れた睫毛を下ろし、瞬きを繰り返す。
「アラト君……」
ナキリから視線を外し、アラトは拳を握り締めた。
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