第5話 諦められない思い②
今日も放課後は、収録室が空いているとのことで、次のボイスドラマの話し合いをする予定だった。
教室を出て、アラトは廊下を歩く。
しかし緩慢と進む足取りは、誰がどう見ても力が入っていない。
「今日……どうしようかな」
放課後の喧噪に溶け込むほどの声音で、アラトは漏らす。
アラトの描く絵が好き。
その言葉が嬉しくて、アラトはナキリに協力したいと思ったのだ。
けれどそうじゃないのであれば……。
ゆっくりと立ち止まる。収録室へ向かおうとしていた足先の方向を、変え――
「
「あ……」
リクの声で、アラトは動きを止めた。
「
「収録室行くところか? だったら一緒に行くか」
歩み寄ってくるリクに答えず、アラトは顔を背ける。
並んだ彼は、微動だにしないアラトを見て、眉の間にほんの少し皺を作った。
「どうした?」
「……僕……もう、描かないことにしようかなって……」
言葉を探しながらのせいで、発する声は小さい。けれどリクは聞き逃すことも、動揺する様子も見せなかった。
「どうしてだ?」
単刀直入に、そう聞き返してくる。
「昨日は楽しそうにしてたのに」
「……昨日、
「利用?」
「マギカルトを使える人と組んだら……有名になれる、みたいな……」
その対象はアラトだけではない。
これを聞いて、リクはどう思うのだろう。彼の意見も知りたかった。
自分と同じようにショックを受けるのだろうか。それとも……。
俯くアラトを、リクがじっと見つめている気配があった。
そして、口を開く。
「ああ、そりゃそうだろうな」
あっさりとしたリクの発言に、アラトはぱちくりと瞬きを繰り返す。
「……え? 五星君、知って……?」
「そうじゃなきゃ、誘う理由もないと思ってたんだが……」
知っていたというより、勘づいていた、という方が正しいのか。
顔を上げて見たリクの表情は、いつもと全く変わらない。
「……五星君、何とも思わないの?」
「別に……こんな俺でも使いたいっていうなら」
「こんなって……五星君はすごいじゃない。五星君のマギカルト、まるで星みたいに綺麗で……!」
あれだけのマギカルトをこの歳で使いこなせる人なんてなかなかいない。それこそもっと、仕事だったり色々な依頼があったっておかしくないと、少なくともアラトは思っている。
初めてリクのマギカルトを見たときの衝撃は、今もはっきりと思い出せる。
その気持ちが、顔や目など、どこかに現れていたのだろう。
リクを見つめるアラトに視線を返しながら、彼は眉尻を下げた。微かに吊り上げた唇の端。浮かべているのは、自嘲にも似た笑みだった。
「……そうやって言ってくれるのは、来栖や水留くらいだ。俺の両親の方が、すごいマギカルトを使うからな。演技に合わせた幻を見せて、観客を魅了するんだ」
光景を思い出しているのか。優し気にリクの両目が細められた。
が、彼はすぐに瞳を伏せると、軽く息を吐き出した。
「……周囲も俺に、それくらい期待してたんだろうな。だから逆に、そうじゃない俺をどう扱えばいいのか分からないらしい。そのせいか、学園でちゃんと話をするのは、水留や来栖くらいだ」
「そんな……」
マギカルトを使いこなしているリクが、まさかそんな風に思っているなんて予想もしていなくて、アラトは目を見開く。
マギカルトが使えれば、それだけで充分だと思っていた。みんなから称賛され、自分にも自信が持てる、なんて。
それなのに。
「でも前に、女の子が喋れて嬉しそうに……」
「俺が五星だからだろ。だから俺は、例え利用する目的だったとしても……嬉しかった」
リクが嘘をついているようには到底思えなくて、アラトは何も言えなくなる。
二人の横を、帰宅だったり、特別授業へ向かう生徒だったりが、通り過ぎて行く。
「それに」
リクが、さらに続ける。
「マギカルトだけを理由にお前に声をかけたなら、使えないって分かった時点で誘うのをやめるんじゃないか?」
「え……」
「お前の絵を見たときの水留、楽しそうだったけどな」
――そう。そうなのだ。
言葉だけじゃない。あのときのナキリの言い方や、表情、動きから、彼女の思いが伝わってきたから。
だからアラトは、未だに迷っているのだ。
「……それは……」
唇を開いた――直後。
学園中に設置されているスピーカーから、放送を告げる音が響いて、アラトもリクも顔を上げた。
この時間に放送があるのはイレギュラーだ。
一体何だろうと、アラトは首を傾げる。
周りにいた生徒達も同様だ。
『お知らせします!』
スピーカーから、元気よく女子生徒の声が聞こえてきた。
『先ほど、全国の学生小説コンクールの受賞者が決まりました!』
「これ、昨日水留が言ってたやつじゃないか?」
リクの指摘に、同じことを思っていたアラトも頷く。
最終審査に残ったとナキリは言っていた。
まさか……と、期待に胸がドキドキしてくる。
『三年生の麻生カエデさんの作品が大賞を獲ったそうです!』
わーっと盛り上がる周囲と対照的に、アラトは愕然とした。
「水留さんじゃ……ない……」
呆然としていれば、教師二人が通りかかった。
「先生、これ、一年生の水留さんも最終に残ってませんでした?」
繰り返す放送に耳を傾けながら、一人が尋ねる。
尋ねられた教師は、苦笑気味に肩を落とした。
「水留さんも惜しかったんですけどね。ただ先方が、マギカルトが使える子がいいって」
「それは……仕方ないですね」
歩き去っていく二人の背中を、アラトとリクは思わず目で追っていた。
「先生の今の話、聞いたか?」
「そんな……」
賑やかな廊下の中で、アラトとリクは押し黙り、しばらくの間その場に突っ立っていた。
楽しそうな、嬉しそうな喧騒は、すぐ間近にあったのに――今の二人にとっては、まるでどこか遠いところで行われているような、そんな感覚だった。
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