第5話 諦められない思い①

 学園の廊下は、朝の陽光と電光に照らされていた。窓から吹き込んでくる風も穏やかで、今日一日過ごしやすいだろうと想像できる。


 しかし、爽やかな朝の雰囲気と裏腹に、登校するアラトの心も足取りも重かった。

 ハア、と溜め息が漏れる。視線を床に落とす。目の下には薄らと隈ができていた。


 昨夜はあまり寝られなかった。

 理由は明白だ。


「……」


 昨日ナキリの友達の言っていたことが、ずっと頭から離れない。


 本当にナキリは、自分を――いや、自分もリクも利用して……?


「あら? アラト君」


 唇を噛み締めた直後、後ろからナキリの声がしてアラトは息を呑んだ。


「つっ、水留つづみ、さん……!」


 振り返れば、笑顔のナキリが早足でやって来るところだった。


「おはよう。偶然ね、朝一緒になるなんて」

「そ、そうかな? この間だって……」

「そういえばそうだったわね」


 隣に並んだナキリは頷く。


 けれどすぐに、


「……ううん、実はあれ、偶然じゃなかったの」


 そう言いながら首を横に振った。


「あなたのこと待ち伏せてた」

「え、そうなの?」

「どうしてもアラト君に頼みたくて。ああでもしないと話をするタイミングがないかなって」

「そう、だったんだ……」


 告白するのが気恥ずかしいのか、誤魔化すようにナキリは小さな笑みを浮かべる。


 その顔からは、彼女が自分達を利用しようとしている、なんて到底思えない。


 昨日の会話は、友達の勘違い、もしくはアラトが聞き間違えたのかもしれない。

 そうアラトは、昨日からずっと考えていた希望に縋りつく。


「でもやっぱり、アラト君に頼んでよかったわ!」


 ナキリはそんなアラトの様子に気づいていないのか、嬉しそうに声を弾ませる。


「動画ね、絵についてのコメントも多いのよ。やっぱりビジュアルがつくだけで印象って変わるのね。勉強になったわ」

「勉強……」


 安堵の気持ちは、ナキリのたった一言で崩れてしまった。


 自分を、自分の絵を、ただの道具としてしか見ていないのではないか。


 胸の内がモヤモヤする。この調子で「次どうする?」なんて訊かれても、上手く答えられそうにない。


 だからアラトは、意を決して唇を開いた。


「……あの、水留さん。一個、聞いていい?」

「何?」

「どうして僕を選んだの?」


 緊張の面持ちのアラトと対照的に、ナキリはきょとんと目を瞬かせる。


「どうしてって……」

「昨日……聞いちゃったんだ。僕が入試で……成績がよかったから。マギカルトが使えたから……選んだんだって。それ、本当?」


 俯き気味に問いかける。


「何それ」とナキリに笑い飛ばしてほしかった。自分だから頼んだ。彼女の言葉を信じたかった。


 だから期待を込めて、ゆっくりと顔を上げる。


 ナキリは目を見開いて、アラトを見つめていた。


「え……なんでそれ……」


 その表情から、アラトは嫌でも悟ってしまう。


「本当、なの……?」

「それ、は……」


 言い淀みながらナキリが瞳を彷徨わせる。今まで真っ直ぐに目を見て話していた彼女の反応に、アラトは耐え切れなかった。


「っ」


 同じように登校する生徒の間を抜けるようにして走り出す。


「アラト君!」


 ナキリの呼ぶ声が聞こえたが、どうすればいいのか分からなくて、無視することしかできなかった。


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