第4話 誘った理由は③
次のボイスドラマについての話し合いを終え、アラト達は収録室をあとにした。
「それじゃあ私、友達と帰るから」
廊下に出たところで、ナキリがスマホ片手に言う。
「ああ。それじゃあ」
「また明日」
リクと共にアラトは、ナキリと別れて進み出す。
まだ完全下校時刻にはなっておらず、そのせいか生徒の姿がちらほらとあった。
こんな時間まで生徒がいることを、アラトは知らなかった。授業が終わればすぐに帰っていたからだ。
授業以外でも、自分の好きなことに打ち込む人がいる。
ナキリなどその典型だ。
ひとつ作品を仕上げたと思ったら、もうすぐに次に取り掛かる姿勢を見せている。
「次かぁ……」
ふと、アラトは呟いた。
「どうした?」
「あ、いや……」
リクに聞き返されて、無意識に言葉を発していた自分に気がついた。
「次が、あるんだなって」
「もしかして
「違うよ! そうじゃなくて……次も、僕が描いていいんだなって……」
微かに目線を落としたアラトの頬が、緩む。
「だって僕、
自分の描いたものを好きだと言ってくれる。
その一言だけで、胸の内が熱くなって、締めつけられて。
思い返すだけで、つい笑顔になってしまう。
「そうか」
リクの返事は短かった。けれど声音は、どことなく優しくて。
「それにしても、水留さんってすごいね」
一人で嬉しさを噛み締めているのが気恥ずかしくなって、アラトは話題を変える。
「行動力っていうか……面白いものを作るために率先して色々するところとか。ボイスドラマいくつも作りながら、賞にだって応募したんだよね?」
「そうみたいだな」
「五星君と水留さんは昔からの知り合いだったの?」
「いや。入学してすぐ、水留に声をかけられたんだ」
アラトは目を丸くする。まだ知り合って一、二ヶ月しか経っていないのは予想外だった。
「声をかけられたって?」
「ボイスドラマを作らないかって。最初はよく分からないし断ってたんだが、成績にも反映されるし、準備は自分がするからって強く誘われて。俺も放課後暇だったしって乗ったのが最初だな」
「それからずっと一緒にやってるんだね」
「水留が次々に脚本持ってくるからな」
「次々……」
その様子がありありと想像できて、アラトは苦笑する。
あの勢いで次々に持ってこられたら、断る暇もない……というか、断る隙もなさそうだ。
同じことを考えたのか、隣を歩くリクの横顔も、アラトと似たような表情になっていた。
だからといって決して嫌がってはいない。むしろ感心しているような――。
「確かに、積極的なやつだとは思う。じゃなきゃ今まで全く話したこともなかった俺や来栖に声をかけたり、収録の手配や編集できる生徒を集めたりできない。よほど好きなんだろうな。書いたり、何かを作ることが」
「うん。……羨ましい」
マギカルトが使えなくても、ときっぱり言い切った彼女をすごいと思う。自分もあれくらい強い気持ちでいられたら……。そんなことを考えずにはいられない。
ほんの少し、リクが目を細めるのが、アラトの視界に映る。一体何を思っているのか。
「……ああ」
頷く横顔はどこか遠くを見ているようで、アラトは彼に顔を向ける。
「……ところで……」
と、不意にリクもアラトを振り返った。
「来栖、鞄は?」
「え?」
きょとんとしたアラトは視線を落とした。何も持っていない両手を見つめて、数秒。
「……あっ! 収録室に忘れた!」
足を止めると同時に叫んだ。
「取ってくる! 五星君、先に帰ってて」
「分かった」
リクに背を向けて、収録室に向かって早足で向かう。
喋るのに夢中で、手ぶらなことに気づきもしなかった。
「あ」
角を曲がろうとしたところで、ナキリと、
ナキリが女子トイレに入っていき、友人らが廊下で待っている状況になる。
ナキリがいれば声をかけたが、面識のない彼女達に話しかける勇気も、コミュニケーション能力もない。
素知らぬ顔をして通り過ぎようと、足を踏み出そうとした。
が。
「でもナキリ、すごいよね。本当に五星君と来栖君に協力してもらって」
「ねー」
「!」
自分の名前が聞こえて、咄嗟にアラトは、壁にぴったりと寄り添うような形で隠れてしまった。
顔を知られていてもそうでなくても、自分の話題が出ている中を通り過ぎる勇気はない。また、一度隠れてしまうとなんとなく出て行き辛くもあった。
かといってナキリが出てきたら見つかるのも時間の問題だ。
遠回りしようと、とりあえず今来た道を引き返そうとしたアラトの耳に、二人の会話が届く。
「あの五星家の息子と、入試で上位の成績だった来栖君でしょ? マギカルトを使える二人とだったら、校内で話題にもなるし。ナキリ、上手くやったよね」
「マギカルトが使えない私達は、そうでもしないと埋もれてくばっかだもんね。変な話、利用させてもらわないとっていうか」
「……え……?」
何を言っているのか、すぐには理解できなかった。心臓がバクバクと、冷たく高鳴り始める。足場が揺れるような感覚に陥ったのは、動揺のせいか。
「ごめん、お待たせ」
思わず立ち止まったアラトだったが、ナキリの声で我に返った。
「っ」
三人に見つかる前に、と慌てて走り去る。
状況を飲み込むことができず、ただ今は、あの場から離れることに必死だった。
ナキリの笑顔と、友人らの会話が、ずっと脳裏をぐるぐると回っていた。
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