第4話 誘った理由は②

「なんでよ!? 普通気になるでしょ!?」


 カッと目を見開くナキリから、アラトはおずおずと言った様子で目を逸らす。


「だって怖くて……」

「じゃあ見て、この再生数!」


 取り出したスマホを手早く操作したナキリは、画面をアラトに向かって突き出した。

 つい先ほどまで見たくないと主張していた動画が、いっぱいに映し出されている。


「わぁっ……!」というアラトの声を聞いて、横からリクも画面を覗き込んだ。


 まじまじと画面を見つめるアラトに、ナキリはどこか誇らしげな表情を浮かべる。


 が。


「……これって、多いの? 少ないの?」


 首を傾げるアラトに、彼女は拍子抜けしたのか肩を落とした。


「多いわよ!」


 けれどすぐに持ち直し、声を張り上げる。


「前だったら三日かかった再生数に、一日で到達したんだから!」

「そうなんだ……!?」


 確かにそれは、多いといってもいいだろう。


来栖くるすの絵のおかげか」

「ち、違うよ!」


 リクの呟きを、アラトは咄嗟に否定する。


五星いつぼし君の演技と、水留つづみさんの脚本がよかったから……。僕、ツンデレの恋人が気持ちを告げたあとに『じゃあな』って返事も聞かずに行っちゃうところで泣きそうになったもん……」

「全員のおかげよ! この調子で次も頑張りましょう!」

「水留、なんだかいつもより随分と嬉しそうだな」


 ガッツポーズをするナキリに、リクが尋ねる。


 そういわれてみれば、確かにいつもよりテンションが高い。

 もちろんそれは、再生数が多くて喜んでいるからでもあるのだろうが……。


「もちろんよ! あ、だけど……実はもう一個、嬉しいことがあって。それのせいもあるかも」

「嬉しいことって?」


 ふふっ、と笑うナキリに、アラトも訊く。


「実はね、学園経由で、今とある賞に小説を応募してるの! それが最終に残ってて!」


 スマホを胸元に引き寄せて満面の笑顔を浮かべるナキリに、アラトは目を丸くした。


「そうなの!?」

「マギカルトがないのに最終に残ったのは私だけなんですって! これってすごいことじゃない!?」

「うん!」


 大きく首を縦に振ったアラトは――引っ掛かる言葉があって、目を瞬かせた。


「……って、あれ? マギカルトが使えないって……?」


 そういえば、リクのマギカルトは何度も見たが、ナキリのマギカルトを目にした覚えがない。


「言葉通りよ。私、今まで一度も使えたことないの」


 ナキリはそう、あっさりと答えた。


「別に珍しくはないでしょ? むしろマギカルトを始めから使える人の方が稀なんだし」

「まあマギカルトは、絶対に使えるものでもないからな。そもそも未だに、その理屈が分かってないのに」


 リクも肩を竦めて続ける。


 マギカティストを育てる学園と銘打ってはいるが、どうすればマギカルトが使えるのか、そもそもマギカルトとは何なのかは、未だに解明されていない。

 技術を媒介にする不思議の力。それがマギカルト。

 ただ、技術を磨かなければ絶対に使用はできない。だからこういった学園では、いつマギカルトが使えてもいいように、個人が希望する技術を教えられる。

 この学園では、それによってマギカルトを使えるようになった者も多く、結果として卒業者にマギカティストも多い。

 つまり相応の技術が教えられることは証明されている。

 そのため元からマギカルトを使える者でも、技術の飛躍を目指して入学を希望するのだ。


「どれだけ技術を磨いても使えない場合だってある。身をもって分かっているつもりよ」

「そうだったんだ……。僕、てっきり……」


 ナキリの自信は、マギカルトが使える――マギカルトが使えるほどの技術を持っているからだ、と無意識に思っていた。だからまさか、使えないなんて考えてもいなかった。


 言い辛いことを言わせてしまった……と、どう言葉を返すべきかと悩んでいるアラトに、ナキリが笑う。


「そう思ってくれるほど、私の書くものをいいと感じてくれてるってことでしょ? 光栄だわ」


 気を遣ってくれたのか、彼女の口調は明るい。


「それに私、だからこそアラト君の気持ちを少しは分かってるつもりよ。使いたくてもマギカルトが使えなくて……色々悩む気持ち」


 アラトの場合、絵を描けばマギカルトが使えた。だがどういった絵を描けば使えるのかというのは分からない。というより、何を描けば使えるとか、そういうものではないのだ。

 だからこそ、使えなくなったときの対処法が、ない。


「水留さん……」


 解決策はなくても、共感してもらえるだけで幾分か心は軽くなった。


「まあそれでも、一度は使えたってだけで羨ましいけどね! 私なんて全然だから! でもだからこそ、マギカルトがなくても面白いものを作れるんだってことを証明したいの。マギカルトさえあればいいってわけじゃないのよ」


 その言葉は、アラトを始めとする、マギカルトが使えない者にとっては救いでもあった。


 そしてそのことをナキリが証明してくれるのなら――それ以上のことはない。


「小説、選ばれるといいね……! 応援してる!」


 心からそう言えば、ふわりと染まった頬でナキリが微笑を浮かべる。世辞ではないと伝わったのか。


「ありがとう!」


 応える声は、弾んでいた。


◆ ◆ ◆

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