第4話 誘った理由は①

「うぅ……」

「……」

「うぅ……うぅ……」

「……さっきから何唸ってるんだ、来栖くるす


 頭を抱えるようにしてイスに座っていたアラトは、リクの声にゆっくりと顔を上げる。


 壁に凭れかかるようにして立つリクは無表情。

 対照的に、アラトの眉は八の字に下がりなんとも情けない顔だった。心なしか顔色も悪い。


 そんなアラトを、リクはじっと見つめてきた。そして不意に、その理由に合点がいったらしい。


「トイレなら出てすぐのところだぞ」

「違うよ!?」


 わざわざ収録室を出て案内しようとしてくれるリクに、アラトはぶんぶんと頭を左右に振った。


「違うのか?」


 一歩足を踏み出した状態で止まったリクに訊かれて、アラトは頷く。


「じゃあどうした? 気分でも悪いのか?」

「ううん。……昨日公開されたから……気になって……」


 元の体勢に戻るリクへ、アラトはぽつりと呟くように理由を言う。


「昨日?」

「ボイスドラマ! 戦場の!」

「ああ……あれか」


 ナキリに頼まれてイメージイラストを描いたボイスドラマが、とうとう昨日ネットで公開された。


 自分の描いたもの、しかも他人の作品に合わせてというのは初めての経験で、描いている間は楽しかった。ナキリやリクにも「すごい」とか「イメージ通り」と褒めてもらえて嬉しかった。

 けれど。


「五星君の演技はすごいし、水留さんの脚本も面白くて……でもあれって女性を対象としたお話でしょ? そこに、本当に僕の絵なんてつけてよかったのかな。今頃内容と合ってないって言われてるんじゃ……」


 いざ第三者に見られることになると、あまりの不安に胸が押し潰されそうだった。


 イラストが好きじゃないと、聴くのを辞める人がいるかもしれない。自分のせいでアクセス数が減っている可能性だってある。


「うぅ……」


 想像するだけで吐きそうだ。

 実は不安のあまり、昨夜はよく眠れていなかったりもする。


 アラトの様子に、リクは不思議そうな顔だった。


「気になるなら見ればいいじゃないか」


 さらにそう言って、制服のポケットからスマホを取り出した。


 それに、アラトはぎょっとする。


「ま、ままま、待って! 見たくない!」

「何故。さっきから気にしてるじゃないか」

「気にはなるけど、実際嫌なこと書いてあったら僕立ち直れない……!」


 慌ててリクへ駆け寄ると、アラトは手で、リクがスマホを操作しようとするのを防ぐ。リクも、逆らってまで検索する気はないようだった。


 自分と違って冷静なリクを、羨まし気にアラトは見つめる。リクの方が身長が高く、少しばかり見上げる形になった。


五星いつぼし君はそういうのないの……? 不安とか……」


 アラトの質問に、リクは思考のためか瞳を彷徨わせた。


「……ないな。考えたことなかった」

「そう……だよね」


 淡々としたリクに、アラトは肩を落とす。


「今までにもやってきたんだし、慣れてるよね。僕がネガティブなだけで……」

「というか……どう思われるかなんて気にしたこと……」


 自分の性格に溜め息を吐くアラトに、リクが何かを言いかけた。


 しかし最後まで言い切る前に。


「リク君! アラト君!」


 二人の背後で、勢いよく扉が開いた。


 駆け込んできたのは、ナキリだ。


水留つづみ

「つ、水留さん、あの……!」


 ボイスドラマ及びイラストを自分で確認する勇気もないし、スマホなどで直接見たくはない。だからといって気にならないわけでもないアラトは、答えを求めるようにナキリを振り返る。


 ナキリは大股で、アラトとリクの下へ歩み寄る。俯いているため、その表情は見えない。


 ナキリが、眼前で足を止める。


 一体何を言われるのだろうと、アラトは思わず息を呑んだ。


 勝手に想像が膨らんでしまう。

 やっぱり、怒られる……!?


 不意に、ナキリががばっと顔を上げた。


「最高よ二人とも! ありがとう!」

「え?」


 満面の笑みを浮かべるナキリに、アラトは目を瞬かせた。


「何が……?」

「昨日上げたボイスドラマよ! 見た!?」


 興奮に頬を上気させるナキリに、リクもアラトも、同時に首を横に振る。


「いや」

「僕も……」

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