第3話 マギカルトが使えなくても④

 頬杖をつきながら、ぼんやりと風景を眺める。


 いつもと変わらない教室。壇上では先生が歴史の教科書を読み上げ、内容と解説を黒板に書き込んでいた。


 本来であればアラトも、教科書に目を通しながら、ノートに諸々を書き写すべきだった。


 しかし授業に集中しようとすればするほど、アラトの意識は別のところに持っていかれる。


 ――今朝のナキリの声が、耳の奥に蘇る。


『昨日は言葉足らずだったわ。私ね、入学試験でアラト君の絵を見てすごいって思ったの。だから協力してもらえたらって思った。でもそれは、アラト君自身の絵をすごいって思ったからなのよ』


 ――続いて聞こえてくるのは、リクの声だ。


『むしろ……すごいと思って。俺は絵とか描けないから、純粋に感動した』


 マギカルトが使えるから、ではなく。

 アラト自身の絵を褒めてくれて。


 マギカルトが使えなくなって、すべてに自信がなくなった。こんな自分も、こんな自分が描くものも、好きになんてなってもらえないと思っていた。


 でも――。


 ふ、とアラトの唇の両端が緩む。


 どれだけ悩んでも、悩んだフリをしていても。


 答えはもう、アラトの中にあった。


◆ ◆ ◆


 放課後になると同時に、アラトは鞄を手に教室を飛び出した。


 一直線に向かった先は。


「はっ、はあ……」


 肩で息をしながらアラトは、収録室の扉を見つめる。


 扉を叩こうと片手を持ち上げた。が、拳で触れる直前に、動きを止める。


 逡巡するように、数秒そのままで動かない。


「――っ」


 けれどここまで来れば、引き返すなんて選択肢があるわけもなかった。


 ノックをしたアラトは、返事も待たずに勢いよく扉を開けた。


「あ、あの! 水留つづみさん、五星いつぼし君! 僕……!」


 ――驚いたように振り返った二人の表情が綻んだのは、そのすぐあとのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る