第3話 マギカルトが使えなくても③

 朝の廊下を歩いていれば、無意識に「ふあ」と欠伸が漏れた。

 ベッドに入った時間は決して遅くはないし、起きた時間もいつもと変わらない。それなのに眠った気がしないのは、あんな夢を見たせいだろうか。


「アラト君」


 眠気で浮かんだ涙を拭っていたアラトは、背後から肩を叩かれて目を丸くした。

 この声は――。


「つ、水留つづみさん」

「おはよう。よければ途中まで一緒に行かない?」

「う、うん……いい、けど……」


 遠慮なく隣へ並ぶ――この様子だと、アラトが返事をしなくても同じ行動を起こしていたに違いない――ナキリを横目で見ながら、アラトは何ともいえない表情になる。


 昨日のこともあり、なんだか気まずい。


「あのね、アラト君」

「な、何?」

「やっぱりイラストのこと、頼めない?」


 どうやら、このことを伝えるためにアラトへ声をかけてきたらしい。

 まあよく考えれば、それ以外に彼女が話しかけてくる理由もないだろう。


「……」


 アラトは視線を彷徨わせる。


 無言の二人の横を、同じく登校する生徒達が通り過ぎていく。


「……でも僕、マギカルト使えない、から……役に立てないよ」

「そんなこと」

「マギカルトの使えない僕に意味なんて……」


 特に秀でた能力も、自慢できることもない。マギカルトだけは唯一、胸を張れることだったが……使えない今となっては、逆に虚しいだけだ。


 アラトは俯いた。


 だから、ナキリがどんな顔をしているのか、気づかなかった。


「マギカルトが使えなかったら、意味なんてないの?」


 今までの明るい彼女の声音と一変。


「え……?」


 どことなく怒気を感じ取って、アラトは瞳を彼女に向けた。


 が、同時にナキリが顔を背けたため、彼女が一体どんな表情で先ほどの言葉を発したのかは、アラトには分からなかった。


「……昨日は言葉足らずだったわ」


 一呼吸置いたのち、ナキリは顔だけアラトに向き直った。


 昨日見たときと同じ、柔らかな笑みを浮かべる彼女が、そこにいた。


「私ね、入学試験でアラト君の絵を見てすごいって思ったの。だから協力してもらえたらって思った。でもそれは、アラト君自身の絵をすごいって思ったからなのよ」

「僕、の……?」

「だから改めて、お願いさせて。ジャケットイラストみたいな形で、イラストを頼めないかしら。マギカルトはいらないわ」


 真っ直ぐに。真剣な瞳に捕らえられて、アラトは彼女から目が離せなくなる。


 マギカルトはいらない、なんて……。


「水留さん……」


 アラトは唇を開く。自分でも何を言いたいのかは分からなかったが、何か言わなければと思った。口にしたい言葉があるような気がした。


「あ。アラト君の教室ここでしょ?」


 けれどアラトがその答えを見つける前に、二人は教室の前に辿り着いていた。


「私の教室、もう少し先だから」


 足を止めるアラトに笑いかけ、ナキリは先へ行こうとした。


 しかし足を踏み出す直前に、くるりとアラトへ振り返る。


「っと、そうそう。今日の昼休みも、収録室で昨日の続きをするの。もし興味があるようだったら、来て。それじゃあ」


 そしてアラトの返事も聞かず、次こそ彼女は行ってしまった。


「――」


 その背中を、アラトはじっと見つめていた。


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