第1話 出会いは1ページの中で④

 号令と共に、アラトは机の横に掛けていた鞄を手に持った。


 今日は特別授業もない。学園に残る理由もないし、さっさと寮に帰ろう。


 イスから立ち上がろうと、して。


「あなたが来栖くるすアラト君?」


 聞き覚えのない声に、「え?」と顔を上げた。


 ……いや、覚えがないことも、ない。

 だが一体どこで……。


「えっと……君は……?」


 いつの間にかアラトの横に立っていたのは、女の子だった。クラスメイトではないが、女子用の制服のネクタイの色が同じなことから、一年生だと分かる。

 長い髪を顔の横で束ねているからだろうか、彼女の表情はよく見えた。


「あ」


 どこか自信に溢れた笑顔を浮かべる彼女を、アラトは知っていた。確か、昨日中庭で――。


「私は水留つづみナキリ。一緒に来てほしいの。ついて来て」

「へ? え? ちょ、ちょっと!?」


 一方的にナキリと名乗った少女は、アラトの腕を掴むと、ぐい、と引っ張った。

 事態が飲み込めず、彼女の勢いに呑まれたアラトは逆らうこともできない。


 アラトを立ち上がらせると、ナキリはそのまま走り出した。


「あ、あの!?」


 前を走る自分より小さな背中に、アラトは叫ぶ。アラトの手首を掴む手の力は強く、無理をしないと離れてくれそうにない。アラトの声かけを気にする様子もない。


 ただ彼女は、アラトの手を引いて、廊下を駆けて行くばかり。


 下手なことをすれば二人してバランスを崩すだろうことは想像に難くなく……わけも分からないままアラトは、彼女のあとに続くことしかできなかった。

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