第1話 出会いは1ページの中で②
遠くなっていく背中を、
「あ、転んだ」
べちょ、と芝生に倒れ込んだ姿を見て、駆け寄ろうかと一瞬思ったが、その前に彼は、あたふたと立ち上がって去ってしまう。
「……行っちゃった。……あら」
まあいっか、と肩を竦めたところで、足元にスケッチブックが落ちていることに気づく。先ほどの彼が落としていったものらしい。
落とした拍子に開いたのか、ページが上を向いている。そこに描かれているものを見て、ナキリは目を丸くした。
「これって――」
「水留」
拾い上げてまじまじと見つめていれば、名前を呼ばれる。顔を上げれば、いつもと同じ無表情を浮かべた少年――
「何しに来た?」
まるで興味なさげな声だ。演技をするときはあれだけ抑揚をつけられるのに、どうして素のときはこんなに淡々としているのかが、ナキリは不思議だった。
まあ実際、そこまで興味があるわけでもないのだろう。普段いないはずの人間がここにいる、その理由を知りたいだけだ。かといって「別に」と言ったところで、追及することもなく「そうか」と返してくるだけだろうが。
「授業なくなったから、リク君の練習を見に来たの。ほら、明日収録の予定だし、リク君どんな感じかなーって気になって」
だからといってそんな殺伐としたやり取りをしたいわけもないので、ナキリはにっこりと笑った。
入学当初から、リクの練習場所はこの中庭の隅っこなのだ。曰く、学園に申請して空き教室を借りるのも面倒だし、寮だと他の人の迷惑になりそうだからとか。
この時間帯にリクが受ける授業はない。しかも収録が迫っている。となれば練習しているに違いない、というのがナキリの見立てだった。そしてそれは、すばり当たっていたらしい。
ナキリの返答に、リクは無言で頷いた。疑問は解消されたようだ。
「さっきのやつは?」
暗に知り合いか? と尋ねられて、ナキリは首を横に振る。その動きで、束ねた髪が揺れて顔に当たった。
「さあ……? 私のクラスの子じゃないわね。あ、リク君のファンだったりして」
「まさか」
冗談交じりに言えば、苦笑で返された。恐らく、本心でそう思っているのだろう。
冗談めいた口調では言ったが、半分は本気でもあったので、ナキリはその意味も込めて、リクの前にスケッチブックを突き出した。
「でもこの絵、リク君じゃない?」
「それは?」
「さっきの子が落としていったの。そのときにページが開いちゃって。でもほら、すっごく上手!」
先ほど見たページを開き、リクに見せる。
鉛筆か何かで描かれた、少年の絵。ざっくりとした線だが、何を描いているのか明確に理解できる。
「真ん中にリク君がいて、周りがリク君のマギカルトでキラキラしてて……! モノクロでここまで表現できるものなのね」
「へえ……すごいな」
さすがのリクも、この出来には驚きを隠せないらしい。ほんの少し目を丸くしている表情は珍しく、自分で描いたものを見せているわけでもないのに、ナキリはなんだか得意げな気持ちになった。
「ねっ! ……でも……」
改めて、ナキリは絵を覗き込む。
「この絵の感じ、どこかで見たことあるような……」
絵自体ではない。描き方や雰囲気に既視感があるのは……果たして何故だろうか。
「それ、どうするんだ?」
「落とし物として届けるつもりだけど……どうして?」
首を傾げれば、リクは相変わらずの感情の読めない顔で、ナキリと視線を合わせた。
「もしよければ、俺に預からせてくれないか?」
「え?」
リクの申し出が予想外で、つい聞き返してしまう。
「別に……いいけど」
スケッチブックを手渡した際、リクの瞳がどことなく楽しそうに見えて、ナキリは思わず目を瞬かせた。
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