第48話 ボクの担当を外れてほしい……

―それから2時間後。


「本当に送らなくて大丈夫ですの?」

「うん。まだ最後の新幹線あるしね」

「(これまた残念。せっかく二人っきりでドライブできるチャンスでしたのに……)」


 あの後新作の打ち合わせはすぐに終わると『新幹線の時間に間に合うしやっぱり迷惑になるから送らなくていいから』っとむつみに断わられてしまったのだ。


「あっそうだ、みやびさん……今度デートしない?」

「…………はい?」

(えっ? い、今なんておっしゃいましたの? デート? 誰と誰が? ワタクシと先生が!?)

「あっOKなの? 良かったぁ~。断られるかと思って不安だったんだ♪」

「あっ、いや、今のは違っ……」


 違うと言葉を続けたかったが、聞き返した返事がOKの返事だとむつみには聞こえたらしい。


「どこに行こうか~、ボク女の子とデートするの初めてだから楽しみだなぁ~♪」


 すっごく楽しみそうな顔で既にどこに行くか考え出している。これでは断るに断れない。いやそもそも断る気もないのだが(断定)。


「先生はデートするの初めて・・・なんですの?」

「うん! ってそんなの自慢できることじゃないよね(笑)」


 みやびは否定も肯定もできなかった。何故ならみやびも異性とデートをするどころか手さえ繋いだこともなかったのだから。


「やっぱり取材するなら遊園地かな? それとも水族館? でも学園モノだから王道の映画も外せないよね?」

「ええ、そうですわね。どうせ取材するなら……って取材!? デートじゃありませんの!?」


 デートと聞いていたのに取材だったなんて……っと驚くみやび。


「へっ? だってみやびさん。さっきの打ち合わせで言ってたよね?」

「(ワタクシなんて言ったのかしら……)」


 思い出そうとするみやびに対しむつみが、


「ほら作中の遊園地デートのシーンで臨場感がありませんこと! ってやつ」

「(あ~確かにそう言った覚えがありますわ)」

「うん! だから『取材』って名目でみやびさんと二人っきりでデートがしたいなぁ! やっぱりダメなの?(うるうる)」


 むつみは残念そうにみやびの事をウルっとした目で見つめていた。


(そんな首を傾げながら、かわい~く言われたら断れませんわ!)

「ふん! デートの一つや二つ! 作品のためならドンと来い! ですわよ!」


 もう自棄のみやびは自らの大きな胸をドンと叩いたが、強めだったのかちょっと痛そうにしていた。


「ほんと! じゃあ、遊園地・水族館・映画で三回デートしようね♪」

「(まさかのトリプル!? むつみ先生と3回も恋人デートできますの! まるで夢みたいですわね!?)」


 夢見る少女の如く期待に胸を躍らせるみやびだが、むつみにそれを悟られないようにツンデレる。


「の、望むところですわよ!(照)」


  が、その望むはツンではなくただのデレだった。


「あ、あとさ、みやびさんには言いにくいんだけど……」


 むつみが遠慮がちに何かを言いたそうにしていた。


「もうなんでもこい、ですわ! 今のワタクシはスターを盗った配管工のように無敵状態なんですの!」


 みやびは再びドンと自分の大きな胸を叩き、むつみの言葉を遠慮なく続けるようにと促した。


「あっそう? じゃあ遠慮なく……みやびさんそのお嬢様言葉すっごく変だよ」



「おはようみやびさん。おはようのキスは必要かな?」


 みやびはむつみとの初めての出逢いを思い出していたがキスと言う言葉に我に返った。


「先生……あれからどうなりましたの?」


 久々にみやびがむつみの前でお嬢様言葉を使う。


「ふふっ。久しぶりだねそのお嬢様言葉」

「あっ……」


 あの日お嬢様言葉がすっごく変だと言われてから半年、むつみの前ではずっと普通の言葉で話していた。そもそもお嬢様言葉自体がそれを意識してのことだったので、みやびは元々は普通に話せるのだ。


「ん~っとね、みやびさんがウーロン茶を飲んで酔っ払ってそのまま眠っちゃって……ボクがみやびさんを襲っちゃいました♪」

「~~~~~~!? (わ、私の初めてが!)」


 ショックを受けるみやびに対し、


「ぷっぷっ、まぁ……冗談だけどね(てへりっ)」


 あれから半年経ったが、みやびに対するむつみの意地悪は変わらなかった。いやむしろ悪化していたのだ。


「せんせい! 冗談もいい加減にしてください!!」


 からかわれていたと気づくや否や激怒するみやびに対しむつみは、


「へぇ~じゃあさ、みやびさんは『冗談じゃない方』が良かったの?」

「~~~~~っ!?」


 むつみの言葉のそれを想像してしまいみるみる赤くなるみやび。


「やっぱり、みやびさんはかわいいね♪」


 まったく悪びれた様子もなくまだ続けるむつみ。


「さてさて……それとさっきの返事まだもらってないよみやびさん♪」

「へっ???」


「なんのこと?」っと首を傾げるが、すぐにおはようのキスを指していると気付いた。


「そ、そんなもの必要ありませんから! それではまるで『恋人同士』みたいじゃないですか!」


 ツンツン断ってから少しだけ自分の発言に後悔するみやび。


「みやびさんはボクと恋人になるのは嫌なの?」


 むつみに対するみやびの態度もここ半年で随分と変わった。


最初は互いに遠慮していたが今ではなんでも言い合える関係になっていた。ただし恋愛に関してだけは、どちらも一切触れなかったのだ。

二人とも今の関係が心地よいと感じ変化を求めていなかったのだろう。だがそれもむつみがキスするまでは……の話だった。


実はあのとき、みやびは寝ているどころか酔っ払ってさえいなかったのだ。

そもそもウーロン茶で人は酔えない・酔わない・酔いたくないの三段活用法。

もしウーロン茶で人が酔えるとしたら税務署が酒税を盗りにくるだろうしね。


 みやびは「先生の前で自分が酔って素を出せば、むつみの方から何かしらアクションを起こしてくれるはずだ!」っとの思いから酔っているフリをしていたのだった。

だがその効果は抜群だった。


まさか寝ているときにキスをされ、好きだ告白されるとは夢にも思わなかった。

みやびは起きようとしたが、いきなりの告白が耳元で始まり起きるに起きれなかったのだ。


「(ファーストキスだったのに! せっかく大切にとっておいた……うん『とっておいた』ファーストキスを寝ているふりで失ってしまうとは……でももしあそこで寝ていなかったらキスされなかった? じゃああの告白もなし?)」


「それだけは嫌!」とばかりにブンブンっと首を振る。


「(せっかく先生の気持ちが知れたのに!)」


 むつみからの告白とキスでみやびの心は揺れ動いた。昔は現実世界の男性など興味なかった。

だがむつみと出逢ってからは違う。取材とはいえデートもしたし、男性と話したり触れ合った時のドキドキ感が何物にも変えがたい想いとなり、いつしか仕事でなくてもこの男性の傍に居たい、っと想える存在になっていたのだった。


 むつみに告白しよう! そう何度も想ったができなかった。


「あの好意も私の勘違いだったら? もし拒絶されたら?」


 そう考えるだけでも胸が張り裂けそうになる。それが、だ! 寝ていたとはいえ、告白されキスもされたのだ。


「これはもう、間違いない!」だが他にも懸念があったのだ。「もし作家と、その担当さんが恋人同士になると……」


「せ、先生! 前にも言いましたが『作家と、その担当さん』が恋人同士になってしまうと……」

「作品に対して、『公平に審査できない!』だよね?」


 これはみやびが常々言っていた持論だった。


「でもさ。担当さんって一読者と違って、作品が完成するまでの過程や苦労・想いなんかも一緒に共有して既に知っているわけだよね? それで公平に審査できるの?」

「うぐっ」


みやびは反論できなかった。そう既に私情は挟みまくりだったのだ。そもそもむつみを仮とはいえ、デビューさせると役員会で強引に推したのが良い例だろう。


「ボクはそうじゃないと思うんだよね。むしろ逆で過程や苦労・作品に対する想いを知っているからこそ、公平に審査できるんじゃないかと思ってる。もし担当さんがそれらに何も感じないような作品が、読者の心を動かせると思うのみやびさんは? 動かせないよね?」


またまたむつみさんの正論。さすがは小説でメシを食おうとしてるだけあって理論だっている。みやびが反論できる余地はまったくなかった。

だがむつみもみやびと恋人になれる可能性を否定されると困るのだから必死にもなると言うモノだ。


「で、ですが!」


 みやびは食い下がる。


「だったらさ、手っ取り早く勝負しないみやびさん?」

「勝負……ですか?」

「そっ。どちらが正しいかを決める勝負」


「この期に及んでむつみは何を言ってるのだろう?」と内心思ったが、負けず嫌いのみやびはその思惑に乗ることにした。


「して内容は何ですか先生?」

「う~ん……みやびさん一つ聞きたいんだけど正直に答えて欲しい。新作の本当の・・・納期っていつなの?」


冒頭でも記したとおり『作家は納期を破るもの!』それは担当が初めて教わる常識だった。

だからその担当さんは余裕を持って作家さんに納期を厳しくするのだ。

もし原稿が落ちてもその余裕を使って挽回するのだ。


「……来週の日曜までです」

「なら丸々一週間か……じゃあ今から新作を書いてその部数で勝負するってのはどうかな?」

「ん??? 既に原稿は完成していますが、先生は何をおっしゃ……っ!?」


 そうみやびはむつみが何を言っているか最初は理解できなかったが、むつみが何を言いたいかに気付いてしまう。むつみが言いたいのはさっき出来たばかりの原稿キミキスの他に新しく作品を書こうというのだ。それも立った一週間で。


「無理無理無理! 先生それは無理ですってば! 大体コレを書くだけでも半年かかったんですよ! それを一週間で新作書くとか! というよりも、そもそも表紙や挿絵も『コレ』に沿って既に仕事を依頼しているんですよ!」

「うん。無理だね。普通なら|」


 っとむつみは頷いた。


「だからさ、それのスピンオフって設定にするのはどう? それならページ数少なくて、随分余裕あったよね?」


 むつみが出した原稿は製本ができるギリギリの枚数だった。だからページ数『だけ』を見れば余裕はあるわけなのだが、


「いや、それでもですね! あと一週間で……さ、挿絵はどうするんです?」

「表紙はそのままで挿絵もスピンオフだからページ数も少ないし、一、二枚とかそんなに多くは必要ないと思うよ」

「それならできるなくもない……」


 腕を組み顎に指を当て納得するみやび。


「先生は先ほど『部数』勝負と仰いましたが……」

「そう! デビュー一作品目で100万部売れたらボクの勝ち。売れなかったらみやびさんの勝ちでいいよ♪」

「……はっ? 100万部……ですか???」


 さすがは既成概念に囚われない作者と言われるだけはあるむつみさん。ラノベ界の常識すら打ち破るほどの軽いノリ。


「あ、あのですね先生。一体何を根拠に100万部なんですか?」


 みやびはむつみの楽天ぶりに、やや呆れながらそう問うた。


「いやぁ~よく100万部突破ってラノベの帯に書いてあるでしょ? ならボクにだってイケるかなぁ~ってね♪」


 いや既成概念うんぬんよりも、ただ現実を知らないだけだったむつみさんである。


「はぁ~先生。その帯には100万部の前に何か言葉が付いてませんでした?」


 みやびは呆れながら深いため息をしてむつみにそう問いかけた。


「うにゃ?」


 むつみさんは100万部の前の言葉、『累計』という言葉を見逃していたのだった。


「先生これは大事なことなので、よ~く聞いてくださいね。あれは累計……つまりそれまで発売したシリーズの印刷した部数なんですよ。それらをぜ~んぶを合わせた数字なんですよアレは!?」

「じ、じゃあ一巻じゃ累計に……」

「なりませんね! それにそもそも今のラノベ業界では5万部でアニメ化するかどうかのヒット、あの有名なアニメ化・映画化された『涼宮ハルカの伝説』シリーズでも一巻あたりでは50万部ほどなんですよ。いくら実力があるとはいえそれを無名の先生が100万部売るとか……」


 みやびは言葉を続けようとしたが、担当なのに作家の前で! ということに気付き言葉を紡んだ。


「あーうん。そりゃ無理だよね普通なら。だからと言ってボクはそれを認めるわけにはいかないよ! それにだからこそ、やりがいがあると思うんだ!」


そう言うむつみは普段と雰囲気が違っていた。


「(どこに根拠が? なぜ? いやむつみならばもしかして……)」


 色んな思いがみやびの心の中で錯綜していた。


「だからさ、もしも。もしもだけど、ボクのデビュー作(新作)が100万部売れたらみやびさんにはボクのお嫁さんになってもらうからね!」

「お、お嫁さん……先生の!?」


 恋人ではなく、いきなりの自分の嫁になれ宣言にみやびは心躍るやら、不安やらで一杯になった。


「あと一つだけみやびさんに条件があるんだけど……」

「……なんでしょうか?」


「ここにきて条件?」みやびにはまったく予想がつかなかった。


「ボクの……『担当』を外れてほしい」

「えっ? い、今なんておっしゃいました先生?」


むつみの言っていることが解からない、いいやみやびは判りたくないのだ。


「この原稿(キミキス)はこのままでいいけど、このスピンオフ(新作)だけはみやびさんには担当を外れてほしい。お願いします」


普段チャラけた感じだが、このときのむつみは別人のようだった。


 ……それほどのことなのだろう……っと、みやびは察した。


 というか無名の新人ラノベ作家がデビュー作で100万部売るだの、売ったら結婚して欲しいなどとはそれら一つだけでも余程の事なのだ。もちろんみやびはむつみの担当を外れるのは嫌だが、それが作家(むつみ)の望みなら、担当(みやび)としては断りようがなかった。


「ですが先生、さすがに担当なし……とはいきませんので、私の代わりになれる人を寄越しますね! いいですね!」

「うん。ごめんね。ワガママで……それとみやびさんありがとう」


むつみのその言葉に、みやびの胸がチクリとした。


「で、では私は、この原稿のチェックがありますので……これで失礼します!!」


むつみの返事も聞かずにみやびは部屋を飛び出していた。あのままむつみといれば、そのまま泣き出してしまうから……。


「……担当を外れてほしい、か」


 車を運転するみやびにはむつみのその言葉が耳に残っていた。


「なんで! どうして!」その感情を押し殺すかのようにアクセルを踏み込む。グオングオンっと、虚しくもエンジン音が唸るだけだった。そこにはいつものドキドキ感とは別に虚しさだけが強調されるだけだった。みやびが運転するその横の助手席にはさっき出来上がったばかりの『キミキス』の原稿が置かれていたままだった。


「ふぅ」


 正直これで何度目のため息だろうか? むつみのあの言葉を思い出すと泣きそうになる。

それを誤魔化すかのように高速のPA(パーキングエリア)に寄りると普段では絶対口にしない自動販売機のブラックコーヒーを購入し一口飲んでみた。


「…………苦い」


 いつも紅茶ばかり飲むみやびにとっては余計に苦く感じただろう。今の自分の心の心境と同じように思えてしまう。いや心にあるモノと比べたらブラックコーヒーでさえ、甘く・・感じてしまうかもしれない。

休憩を早々に切り上げみやびは高速の本線に戻っていく。


「……着いちゃった、か」


あれから休憩せずに車を走らせたが不死鳥フェニックス書店の本社に戻った時には既に日付が変ってだいぶ経っていた。玄関先から本社のビルを見上げる。

ところどころ明かりが映っており、まだ残っている人がいるようだ。それを見て少し寂しげそうなみやび。


「私なんで先生の担当になったんだろう……」


 むつみの担当にさえなっていなければ、今のこんなに心苦しいことにならなかったのに……そんなことを思いながら、みやびは本社のビルに入って行った。

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