第47話 楽しい一時

「え~っと、要するにボクがラノベ作家としてデビューするには応募した作品とは別に新規として新しい作品を書き下ろしてもう一作品作るんですね?」


 むつみはみやびから簡単な説明を受け、念を押すように確認する。


「えぇ、そのとおりです。そうしなければウチの役員(主に審査員)を納得させられませんの。他の審査員達は先生の作品に対して、「これでは売れないだろう」などとハネましたが、このワタクシが! むつみ先生の作品なら絶対に売れる……そう思い将来性のある作家として、もう一作品新規で書き下ろしをお願いして書いてもらう。もしそれが役員たちを納得させらるだけの作品なら、作家としてデビューさせる! っとそう経営役員会議で約束を取り付けましたの。もちろん我が社の最高経営責任者でもあり、ワタクシのおじい様もそれで納得済みですのよ」


 むつみの作品のダメさと自分のおかげを嫌に強調するみやびさん。


「うーん……そんなことボクにできるかなぁ」


 強気の態度のみやびとは打って変わって弱気のむつみさん。


「むつみ先生ならきっと大丈夫に決まってますわ! なんせS.A.C.に則っているんですもの!」

「へっ? え~っと、S.A.C.ですか?」


「なにそれ?」と聞いたことない感半端ないとばかりのむつみさんの反応。


「S.A.C.つまり……『スタンド・アローン・コンプレックス』の略ですわ!」

「それって???」


 むつみは自分で書いてて作品がその性質であることを知らないのだろう。


 それでは代わりにご説明いたします……と言わんばかりにわざとらしくも「ごほんっ」と咳をし、声を整えてからみやびが説明する。


「一つの作品の中にジャンルの異なる複数の作品が存在し、その性質の異なる一つ一つの作品が織り成し、またを複合コンプレックスすることにより更なるお話・問題を導き定義する作品のことですわ」

「へぇ~それをS.A.C.って言うんですね。ボク知りませんでした」


 もっともむつみが知らなくても無理はない。なぜならS.A.C.とはみやびが他作品から引用・また強引なに勝手な解釈を加え、それに基づきみやびが考え出した造語なのだから……。


 みやびはむつみのその態度に少しだけ違和感を感じていた。


「(自分で書いていて知らないんですの? 無意識のうちなのかしら? まさにS.A.C.症候群そのものなのね!)」


 S.A.C.はそれ自体を意識してしまうと破綻してしまう無意識下での行動なのだ。


『スタンド・アローン』とは元々は、外部から一切孤立(独立)した軍のコンピュータを指す言葉なのだ。この用語が一般的に有名になったのは、ちょうど二十年程前の作品『甲殻機動隊こうかくきどうたいS.A.C.』に端を発する。もっとも最初は一部のマニア受けの作風・内容からか、日本ではあまり売れずマイナーな作品だった。ところが、アメリカでビデオチャート1位(音楽でいえばオリコンチャート)に輝くと、日本でも一般に知られるようになったのだ。

では、アメリカで人気となったその『甲殻機動隊』とはいかような作品なのか?


 簡単に説明すると、エビ・カニの甲殻類がネットを使ったサイバーテロ犯罪に立ち向かう、近未来型ポリスアクション……と言った内容だ。これだけでは納得できない人もいるだろう。もう少し詳しく内容を説明することにしよう。


甲殻類の代表格であるエビとカニによる壮絶なる仁義泣き戦い、いわゆる『第四次エビカニ世界大戦』の末に「俺達の購買層ってさ、別に被ってなくね?」と気づいちゃいけない事実に気づき、二つの種族は和解し世界中の水産業界を統治した。だがそれも長くは続かなかったのだ。それはネットでとある書き込みをきっかけに惜しくも崩れ去るのだった。


それはこんな内容の書き込みだった。


『エビとカニを食べたら拒否反応アレルギーが出た』

『エビって天然物じゃなくて、基本的に養殖じゃねぇ?』

『通販のカニって、殻も氷も重量に含まれるよな』

『タラバガニって……本当はカニではなく、ヤドカリの仲間なんだぜ!』

『カニみそってほんとはカニの脳ではなく、人間で例えると『肝臓』なんだよなぁ』


 これらの書き込みによって世界中の経済・水産業界は大混乱に陥るのだった。


その出来事によりエビとカニは水産業界から立場(経済)的に窮地に追い込まれる事になる。「このままではいけない!」と両者は再び手を携え、磯巻いそまき水産課長率いる軍あがりで構成する攻勢の組織『水産食うか?』を立ち上げ、このサイバーテロに真っ向から立ち向かうのだった。


 だがそこには、ウニやイクラなどの高級食材、昨今のヘルシーブームで波にのる魚類(主にマグロ)存在などの思惑・妨害工作に阻まれてしまう。


『水産食うか?』は次々と事件を解決していくのだが、ある1つの事件をきっかけに事態は急展開を見せる。一つ一つの事件は単独スタンド・アローンのように思えたが、すべてのピースが揃い混合コンプレックスすると背後には、政府や水産業界の黒い影が存在し甲殻類の立場を虎視眈々と狙うタラバガニ(ヤドカリの仲間)存在が見え隠れし水産食うか? は役所の反発により、認可を取り消され解体されてしまうのだった……っと言った内容が永遠続くのだった。

※こんなん考えるのもう面倒になりました。by作者


「このように現実に起こった事件、また近未来で起こりえるであろう事件・出来事を面白おかしく、だが真面目に定義する作品なのだ!」


 みやびはむつみにそう延々力説したのだった。


「ぽかーん」


 むつみは擬音すら口に出してしまうほど、みやびのその話にまったくついていけなかったのだ。


「こ、こほん。と、兎にも角にもむつみ先生の作品もその『甲殻機動隊』に負けないくらい面白いですわよ!」

「そ、そうなのかなぁ……」


 強気なみやびとそもそもその甲殻機動隊とやらを知らないので、イマイチな反応のむつみ。


「で、先生はどのようにこの作品を書いたのですか!?」


 作家のファンなら誰でもこの質問をしてみたいだろう。


「え~っとですね。ボクの場合後ろ(結末)からですね」

「はっ? 後ろ……ですか?」

(後ろからってなんですの! ま、まさか801やおい? 801なんですの!?)」


 ちょいキマシタワー(トリップ)状態で興奮しているイケないみやびさん(笑)。


「つ、つまりですね、物語って普通は序盤から中盤・終盤・結末(オチ)っと序々に書きますよね? ボクの場合は結末(オチ)から書いたんです。そこから終盤・中盤・序盤……って感じですかね」


 少し申し訳なさそうにそう述べるむつみ。


「へっ? ではあ、あの梗概こうがいはどうされたんですの?」

「こうがい? 公害? 光害? 黄蓋こうがい……三国志ですか?」


 そもそもむつみには梗概という概念すら知らなかった。あまりにも衝撃的な事実……みやびは混乱していた。


「(先生がちょっと何を言ってるかわかりませんわ! もしこれを読んでいるそこの貴方! むつみ先生が言ってることを詳しくワタクシに教えてくださいませんこと!!)」


 みやびさんはこれを読んでいる読者(貴方)に聞いてしまうほど混乱しているようだった。


 確かに結末を決めてから書くこともできる。むしろ小説は簡単な梗概(あらすじのこと)を決めてから書き始めるののがセオリーだ。だが、むつみの場合は完全に違うらしい。


結末から登場人物やジャンル・世界観・ストーリー構成を考えるらしい。またラノベ作家を目指したのも応募締め切り1週間前だったそうだ。つまりは一週間で一つの作品を仕上げたことになる。


「いや~さすがにあのときは参りましたよ。スピンオフは完成したのに指定ページ数がもう後半(50ページ超)なのに、本編のヒロインが5文字しか喋ってないんですもん」


むつみさんはどうやらスピンオフを書き終えてから本編を書いたらしい。

※ちなみにあなたが今読んでいるこの作品もそれを採用しております by作者


 むつみはまさに不死鳥フェニックス書店が求める固定概念に捕らわれない自由な作風そのものだった。「ではこの設定は? この伏線はどうゆう意味で? このときの主人公の感情は?」などとみやびは打ち合わせだということを忘れ、ただのむつみの一ファンとして質問するのだった。


「あ、あの~みやびさん。そろそろ新作について話をしないとまずいんじゃ……」


 みやびと自分の作品について話をするのは決して嫌ではなかった。むしろここまで自分の作品を好きになってくれる人はみやびが初めてだった。だが地方から出て来ているむつみにとって時間は有限なのだ。むつみには明日も仕事(アルバイト)があるのだから新幹線の時間は絶対に守らなければならないのだ。


「あっそうですわね。そのために先生に来ていただいたんですもんね!」


 少し残念そうなみやび。むつみも明日の仕事が休みだったらこっちに泊まり、もっともっとみやびと話していたかったに違いない。

それくらい時間を忘れるくらい楽しい一時だったのだ。


「ボクも新幹線の時間さえなかったら、もっともっとみやびさんと話たかったんですけど、明日も仕事がありますし。それに帰ったらすぐに新しい作品も書かないといけないし……」


 むつみにはむつみの都合があるのだ。


「(そういえばむつみ先生はお仕事をリストラされ、今はアルバイトをされていたんですわね)」


悔しいかな新幹線の時間さえなければ……時間?


「せ、先生! だったらワタクシが先生をお家までお送りいたしますわ! ワタクシ車を運転できますのよ。話なら車の中でもできますし、それならちょっとくらい遅くなっても大丈夫ですわよね? ね?」


みやびさんもむつみと少しでも一緒の楽しい時間を過ごしたくて……いや、作品の話を聞きたくて必死なのです。


「そんな送ってもらうなんて、みやびさんに迷惑なるんじゃ」

「迷惑だなんてことありませんわ! むしろ(ごにょごにょ)」


 照れているのか、最後の方は声が小さくてよく聞き取れなかった。


「ところでみやびさんは……送りオオカミさんになっちゃうんですか?」

「っ!? な、なにを突然おっしゃいますの先生! オオカミさんだなんてそんな(照)」


「それもそれでいいかな♪」と満更ではないと内心思うイケないみやびさん。


「ふふふっ。冗談ですよ冗談。でもみやびさんみたいな美人さんにならいいかなぁ……なんてね♪」

「(そ、そ、そ、それはいわゆる、お持ち帰りのサインですの!? でもでも今日初めて逢ったばかりですし、早すぎではございませんか!?)」


 頭が混乱するみやびは誤魔化すようにこう反論した。


「む、むつみ先生それでは、立場が逆ではありませんこと!」

「じゃあみやびさんはボクがオオカミさんになってもいいの?」

(ううっそれもそれでアリさんですわね(照))

「(むつみ先生にそんな風に無理やり迫られたら、ワタクシ断れな……)」

「ま、冗談だけどね。だって知り合ったばかりだもんね♪」

「(まぁ残念……ワタクシまた意地悪されてましたのね)」


 またもやむつみにからかわれ、ほんの少しだけ残念そうにするみやびさんだった。

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