第45話 押してダメなら……押し倒せ!

「(『腰』はさっき入ってきた子供の事を言ってるのかしら? 『大槻むつみ』ですって。むつみ先生と同じ名前・・・・だなんて生意気ですわね。それにワタクシの部屋にまで無断で入ってきて! むつみ先生との待ち合わせの時間にしかも偶然同じ名前だと、むつみ先生と勘違いしてしまいますわよ!)」


そう偶然…………偶然???


「っ!?!?」

(い、いまぎゃんちゃくはなんとおっしゃいました!? 確か大槻むつみさんっと、おっしゃいましたわよね!? そ、そ、それってあのむつみ先生のことじゃありませんこと!?)


みやびは慌てて部屋を飛び出す。慌てふためいていたので来客応接の椅子に左足をぶつけてしまう。左足のすねがかなり痛いが今はそれどころの話ではない。


打ち合わせと称し、こちらから東京の本社まで呼びつけておいて「あなたなんかに用はない!」っと追い払ったのだ、もう2度とむつみはここに来ないだろう。そして2度と逢えことはない。そんなことを思い、みやびは必死にむつみを追いかけた。


「(むつみ先生はいずこに!?)」


 ぶんぶんっと首が千切れんばかりにむつみを探すみやび。

 いた!? 1Fの玄関フロアーで今まさに会社を出ようするむつみを見つける。


「せ、先生! むつみ先生! ちょっと待ってください!」


普段は冷静沈着クールビューティーなお嬢様のみやびだったが、このときばかりはすごく焦っていた。

 そんなみやびを見ていた社員たちも「何事だ!」「お嬢様に一体なにが!」っとざわめいていた。


「はぁはぁ……む、むつみ先生っ!!」


 みやびは息も絶え絶えにそう呼びかけると、むつみはその場に立ち止まった。


「……」


 むつみは怒っているのか、返事もせず、また振り返りもしなかった。


「す、すみませんむつみ先生! 私に弁解の余地もありませんが、あれは勘違いだったんです! 本当にすみませんでした!」


普段から装ってるお嬢様言葉すら使うのを忘れ、素で謝るみやび。


「(ふるふるふる)」


余程激怒しているのだろう、むつみは無言のまま体を震わせている。


「むつみ先生! どうかお怒りをお静めください! お願いします」


っと何度も頭を下げるみやび。


「…………」


返事がない。どうやらただのシカトのようだ。だが、なんだかむつみの様子がおかしい。


「む、むつみせんせぇ~?」


みやびはむつみの肩を恐る恐る、ちょんちょん……っと右の人差し指で軽くつついてみた。

 だがそれでもむつみは振り返らなかった。それになんだか小刻みに少し震えていた。


「せ、せんせぇ~?」


みやびはそ~っと、おっかなビックリに前に周りこみ、むつみの顔を覗きこんだ。なんとそこには涙を必死で堪えているが止まらない、泣いているむつみがいた。


「うっ!?」


それを見たみやびの心は、酷く動揺してしまった。

 何故ならむつみが泣いている姿を見て不覚にも「男の子なのにカワイイ♪」と思ってしまった自分の感情に、だ。


「せ、せんせぇ~、だ、だいじょうぶですかぁ~?」


むつみがなぜ泣いているか、その原因もわからないし、この状況をどう収めてよいかもみやびにはわからなかった。


「……(ぼそぼそ)」


むつみが何かを言っている。だが、その声はあまりにも小さく聞こえないので、みやびはさらにむつみに近づく。そっと耳をすませると、こう一言聞こえてきた。


「……きらいです」

「っ!?」


 むつみとみやびのファーストインパクトは最悪も最悪だった。

 2回目のコンタクト、セカンドインパクトも「嫌い」と拒絶の言葉から始まった。よろよろ~っと、その場に力なく倒れこんでしまうみやび。


「(終わった。終わってしまいましたわ、私の初恋が……)」


みやびの初恋は実どころか、花になる前に既に散ってしまったのだ。


放心状態になりながらも、まだ泣いているむつみをみやびは自分の部屋へと招く。

 正直みやびは自分の部屋に戻ってきたかも定かではなかった。来客用の椅子に対面で座る。だがそれが余計に気まずさを助長する。


「…………」

「…………」


長い長い、本当に長い沈黙の末に少し泣き止んだむつみがぽつりと口を開いた。


「すみません……その、泣いちゃって」

「……いえ」


みやびはそれにどう反応していいかわからなかった。「いえいえどういたしまして? こちこそ失礼をしてすみません? 先生の泣き顔可愛かったですよ♪」いやいや、最後のはダメでしょ。みやびの選択はどれも違った。


「せ、先生。お願いですからわたしのこと嫌いにならないでください!」


そう、声をしぼりだすだけで精一杯だった。それに対しての答えを聞くのが怖い、怖すぎる。また拒絶されたら……そう考えただけでも、死にたくなる。


「嫌いにはなってませんから……」


 そのとき既にむつみは泣き止んだのだが、その目を真っ赤してなっている。

 その言葉にみやびは落ち込み沈んでいた顔をパッとあげた。


「ほ、ほんとうですか? むつみ先生?」

「(コクコク)」

「(あ~よかったぁ~嫌われてなくて。でもだったらさっきのアレはどういう意味だったの?)」


みやびは今が謝るチャンスだと気づき、いきなり立ち上がろうとするが足を痛めていたのを忘れていた。

 よろけて転びそうになるみやびをむつみは助けようとするが、むつみも応接のテーブルに足を引っ掛けてしまい逆にみやびのことを押し倒してしまう。


「押してダメなら……押し倒せ!」そんな言葉を思い出す間もなく。


「「あっ……」」


二人の声が重なる。


「…………」

「…………」


むつみがみやびを押し倒しているような格好で二人はじ~っと見つめ合っていた。それはまるでキスをするかのようにが顔が近かった。お互いにもう言葉はもう必要なかった。みやびはキスを強請るようにそっと目を瞑る。むつみも目を瞑りみやびの整った顔に近づけ、あと1cmでキスをするというところまで近づけた。


「みやびちゃ~ん! おじいちゃんだよ~♪ 一緒にお昼ごはんでも……」


この状況でノックもせずに祖父である大次郎が入ってきたのだった。

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