第44話 待ち人来たらず

 他の審査員にはむつみの作品はハネられてしまったが、みやびが感じる可能性を信じ将来性がある作家として選ばれたのだった。もっとも新たに新作を書き、他審査員をも納得させる新作でなければむつみをデビューさせることはできない。みやびの発言と独断だけでもむつみを作家としてデビューさせることは簡単だが、審査員すら納得できずに、読者を納得させられるわけがない。 


読者が納得できなければ本を手に取ってすらもらえない。延いてはむつみの才能自体を潰すことになるのだ……みやびの手によって。それだけは避けたい。このような逸材はもう現れないかもしれない。

だからむつみには、応募した作品とは別に新作を新たに書いてもらい、それで他審査員を納得させる腹積もりだった。みやびは自らむつみの担当に志願した。


『作品がどのように生み出されるか知りたい』


 むつみの一人目のファンとして、その欲求は我慢できるモノではなかったのだ。


 打ち合わせと称し、本社である東京の不死身フェニックス書店編集部に招き、初めてむつみと逢う当日になった。だが、みやびはとてもそわそわしていた。地方に住むむつみとって慣れない複雑な都会のせいか、『電車に間違って乗ってしまい約束の時間から少し遅れる』とむつみから連絡があったのだ。


 みやびは自分をこんな気持ちにしてしまうむつみのことが憎かった。


 憎い?

 憤り? 

 はたまた嫉妬?

 それともこれから実際に会う不安?


 そんな気持ちが、みやびの中でグルグルと入れ替わる。


 そしてコンコンっとみやび専用の部屋のドアが控えめに鳴らされる。 


「(来た! 来ましたわー!? ついにあのむつみ先生が来たのね!)」


 ちょい腐女子っぽい発言を口にし、みやびの胸のドキドキは最高潮になる。


「んっんー。ど、どうぞ開いてますわよぉ~♪」


 緊張からか語尾アゲアゲ気味で、今にも歌でも歌い兼ねないほどだったが、言い直す間もなく無常にもドアが開けられた。


「あの~会長(大二郎様)からお昼の誘いなんですけど~」


 入ってきたのは待ち焦がれていたむつみではなく、大次郎の取り巻きの秘書だった。取り巻きと呼ぶのは些か少し彼に失礼だったろうか。訂正しよう。いつも大次郎の周りにいる、腰ぎんちゃくの秘書だった。


「今日ワタクシには『大切な先約』がありますの! だからおじい様には一人で食べるように言ってくれますことっ!!」


 期待からの裏切り、みやびは不機嫌な口調で『腰』にささっと帰れと言わんばかりに言い捨てる。既にみやびからは『ぎんちゃく』とすら付けてもらえない佐々木祐一ささきゆういちさん(35歳)。


「あ、あのですが……」

「その続き言えばどうなるか……理解しているうえで続けますの?」


 腰ぎんちゃくさん完全に沈黙。ダメです! 再起動できません! とばかりに、ギ~っと静かにドアを閉めるぎんちゃくさん。なんというかあまりにも可哀相すぎる。彼は何も悪いことしていないのにね……まぁ良いこともしてないけどね(笑)


「ふぅ~っ、まったくおじい様にも困ったものですわ。今日は『予定がある』と今朝言っておきましたのに……」


 するとまたコンコンっと、また控えめなノックが鳴らされた。


「(あら凝りもせずま~た、あのぎんちゃく風情が来ましたのね? まったくぎんちゃくの分際で生意気ですわね!)どうぞ!」


 イライラ、かなりお怒りモードで短く言うみやび。


「あ、あの~」

「…………あなた、どなたですの?」


 見知らぬ男の子(?)女の子(?)が入ってきたのだ。なぜ『?』なのかというとそれは男だか女だか判断できなかったからだ。「こんなところに中学生がなぜ?」そう勘違いしてしまくらい幼い顔立ちをしていた。


(背はわたくしと同じくらいかしら? 服装は中性的な服で男の子なんだか女の子なんだか、本当に見分けがつきませんわね。髪は肩に届くくらいのセミロング? これはミンミンですわね)


 ちょっとセミを意識した駄洒落を心の中で思いながらも、わざとらしく咳払いをしてからみやびはこう言った。


「こほんっ。ちょっとそこのあなた! 勝手に入ってきて……ワタクシに何か用ですの?」

「あ、あのここ・・に来るようにって言われまして……」

「(はぁ~っ。またですの? ほんとこの会社のセキュリティはどうなってるのかしら? 見知らぬ子供をワタクシの部屋に招くだなんて!)」


 ……っと、自分の家の会社セキュリティすらもディスり始めるみやび。


「ワタクシはあなたなんか呼んでませんことよ。お呼びじゃありませんの! ワタクシは今大切な人を待ってますの。だから用がないのならさっさと出て行って欲しいんですの!!」


 また人違いだったので、イライラした口調で強めにそう言い捨てるみやび。


「そ、そうですよね。やっぱりボクなんかお呼びじゃないですよね。ははっ。ごめんなさい。失礼しました」


 なんだかすっごくしょんぼりとして自虐的に乾いた笑いをし、目には涙が溜まっていた。その子を尻目に、みやびはもう話すのも面倒なのだろう、シッシッと追い払うように右手を振った。そしてキ~ッパタン……とドアが優しく閉められ、部屋にはまた静寂が訪れた。


「(ふぅ~むつみ先生は本当に来るのかしら……)」


 そうみやびが思っていると、ドアの向こうからこんな声が聞こえてきた。


「あれ~っ。大槻むつみさん、どうしたんですか? もう帰られるのですか? お嬢様はお部屋に居ませんでしたか? 変だなぁ今日はずっと部屋にいるって言ってたのに……」


 先ほどの腰……いや、大二郎の秘書である佐々木がそう言葉にした。

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