第42話 ふとしたきっかけ
今から遡ること12年前のことである。
ITバブル崩壊後、世間ではまったくモノが売れない大規模な経済不況超デフレ時代に突入していた。当然出版業界もその煽りを受け、出版氷河期を向かえていたのだ。更に間の悪いことにインターネットの発達による本の販売・電子書籍化・スマートフォンの登場など技術の進歩によって、さらなる窮地に追い込まれる状況にあった。
本のネット販売は自宅で簡単に注文でき、そもそも書店に行かなくて済む。電子書籍化は本のデータがデジタル化され、いつでもどこでも本が読めて物理的な煩わしさを一掃した。だがそれによって出版業界は自己そのものの存在を否定した。またスマートフォンの登場により、小説だけでなく漫画などの本自体を読まない若者を増やしたのだった。
それらは大手老舗出版社でさえも、何社も倒産させるほど業界を震撼させる出来事だった。業出版界は生き残りを賭け業界の再編を推し進めるのだった。業界5位の伏見書店も例外ではなかった。業界最大手『丸川書店』から敵対的M&A(merger and acquisition合併と買収)を持ちかけられたのだ。だが創設者の大次郎は、それでは自社の自尊心が保てなくなる!」っと、これを突っぱねこう公言したのだった。
「わが社は、既成概念に囚われず、何者にも縛られない自由な作風と、なによりも、常にチャレンジ精神あふれる作家と、共に業界を変えてみせる!」
きっとこれがフラグ(引き金)になったのだろう……。
そのあまりにも自由すぎる作品は一般受けせず、また大次郎の独断と偏見も相成って、みるみる内に出版部数が劇的に落ち込み、衰退の一途を辿ることになった。前フリどおり大二郎は、きっちりっとフラグを回収するのだった。
そうして来月にも倒産か、または会社を他社に売却するか、本当にその瀬戸際の時の出来事が大二郎をまた会社の存在自体を大きく変えるのだった。
それは朝食の時間だった。自分の孫娘であるみやびが、なにやらカワイイイラスト付きの小説(文庫本)を読みながら食事をしていた。
それを見ていた大二郎は「……こんな若者でもまだ小説を読むのだな」孫娘であるみやびを叱るよりも先にそちらにばかり気をとられていた。そしてみやびが栞を挟み、紅茶を手にとるためにその本を一旦テーブルに置く。大二郎の目にカワイイ女の子の表紙・長いタイトルが目に入った。
っとそのとき、大二郎の心の中に何かが引っかかったのだ。
……すると大次郎はみやびの読んでいる最中のラノベを強引に手に取り、そして「これだ!」っと大きく叫び、大次郎はその何かに気づいたのだ。時ラノベことライトノベルは、いわゆる若いライトオタク層(10代前後の学生)をターゲットに作られ出版不況知らずで、急激な成長期に入ったばかりだった。
文庫本(A6)サイズで価格も600円前後と学生でも比較的買いやすく、ページ数も200ページと読みやすい。また表紙にカワイイ女の子が描かれ他の小説よりも挿絵も多く、小説に対する堅苦しいイメージの敷居を下げた。大次郎は孫娘のみやびに「この小説は面白いのか? 周りで人気があるのか? この手の小説を何冊持っているか? どこの出版社だ?」などと鬼気迫る勢いで質問し捲くし立てた。
みやびはいきなり迫られ、普段物静かな祖父とのギャップに困惑していた。こんなに力いっぱい、感情あふれる祖父を目の当たりにするのは初めてだったからである。
「え、えぇおじい様。これはワタクシの
っと、みやびは丸川書店の部分をやや言いにくそうに大二郎に告げた。
「そうなのか!」
っと大次郎はただただ驚き、裏表紙を見てみる。そこには丸川書店のマークとカワイイ女の子の絵が載っていた。そう丸川書店とは皮肉にも伏見書店に敵対的M&Aを仕掛けてきた会社そのものだった。昨今の出版不況でも業界最大手の丸川書店はラノベの分野で急成長を遂げていたのだった。普段から「若者が小説など読むわけがないっ!」っと勝手に決め付けていたからこそ、大二郎にとってみやびのその話は衝撃的だったのだ。
「この小説、最近ではライトノベル略して『ラノベ』と言うらしいのですが、ページ数もそれほど多くなく表紙や挿絵もカワイイモノが多くまた小説が苦手な若い方でも読みやすく、一冊あたりがそんなに高くなく学生でも比較的買いやすい値段なのですよ。ワタクシもこの手のラノベは数百冊は持っておりますわ」
灯台下暗しとは、まさにこのことを指すのだろう。出版業界で数十年、良質な本を作り販売してきたが、固定概念から伏見書店では若年層の小説に対する潜在的購買意欲をマーケットリサーチしてこなかったのだ。
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