第41話 夢から醒めた夢

 ゆさゆさ、ゆさゆさっと、みやびの視界が揺らされる。


「う~ん。むっちゃん~、わたしを置いてかないでぇ~……」


 またゆさゆさ、ゆさゆさっと、今度は体ごと揺らされる。


「み、みやびさん泣いてるけど大丈夫? ねぇ、みやびさんってば!」


 揺れの正体はうなされ泣いているみやびを起こそうとするむつみだった。


「う~ん~……この声はむっちゃん?」


 みやびはまだ目を瞑ったまま、夢心地だった。

 そしていきなりパチリっと、みやびの目が大きく開いた。


「だ、大丈夫みやびさん?」


 じーっと、むつみの方を見ているがみやびの反応はない。


「……っ!? むっちゃん! むっちゃんなのね!?」


 ガバリッと勢いよく起き上がると、むつみの首に手を回して胸に顔を埋め、体を強く抱きしめる。


「あ、あの、あの、みやびさん!? だ、大丈夫なの???」


いきなりのことで混乱するむつみ。


「良かった! わたしの元に戻ってきてくれたのね! やっぱりあんな灰色だけが取り柄のメスグマなんてダメよね! わたし、やっぱりむっちゃんなしじゃ、夜眠れないの!! だから、だから! もうわたしのそばを離れないで!」


「わかった。だから安心しろよ、みやび」っと答えるように、みやびを強く抱きしめ、頭を優しく撫でるむつみ。しばらくして、完全に夢から醒めたのだろう。


「あ、あれ? ここはどこ???」


見慣れぬ家具にベット「ここはわたしの部屋じゃない……よね?」と言わんばかりに部屋の中を見渡すみやび。


「(確か先生の作品が完成して、原稿を受け取り帰ろうとしたけど、先生に引き止められ、それから先生の部屋で打ち上げをして……)」


っと頭の中で状況を1つ1つ整理するみやびさん。


「う~ん……」


考えるように、少しずつ状況を思い出す。


「っ!?!?」


やっと状況を把握したのだろう。

 でも、どうしていいかわからない。というか動けなかった。


「えっと、おはよう。みやびさん。気分はどう?」

「せ、せんせぇ!?」


ラノベのヒロインのように、甘く耳元で囁かれ、素っ頓狂すっとんきょうな声を出す。

そしてみやびは、自分がむつみに必死にすがるように、抱きついていることに今気づいた。


気恥ずかしさからか、すぐさま離れようとするが、逆にむつみはみやびを胸で強く痛いくらいに自分の方に抱きよせ、みやびの髪を優しく撫でる。


「もう少しこのままでいいよ」

「うっ(照)」


正直、みやびはこの状況に少しだけ酔いしれていた。……やっぱり訂正。かなり・・・この状況に酔いしれていた。ラノベはもちろん、少女漫画なども普段からよく読み、「いつか自分もそのヒロインのように、自分だけの王子さまがきっと現れてくれるはず!」そう願い、今の歳(30歳)までずっと待っていたが、幼稚園から大学院までずっと女子校だったので、憧れの王子さまは愚か、そもそも男性と知り合う機会さえなかったのだ。


大学院卒業後も、自分の祖父の会社でもある不死鳥(フェニックス)書店に就職してからも、担当するのは女性作家ばかりで、やはり男性と知り合う機会はなく、身近な男性といえば、もっぱら祖父と父親だけだった。


異性と付き合ったことがなく免疫がないみやびにとって、こんな風に痛いくらい強く抱かれ、でも優しく髪を撫でられ、抱きしめられたら、ドキドキしないわけがない。それは自分が憧れていた、絵に描いたような少女漫画のヒロインみたいなシュチエーションならなおさらだ。


胸の高まりが治まらない。息をするだけでも苦しい。

それは本の中の主人公とは違う本物の異性に対して感じるモノで初めての感情で戸惑ったが、むつみを好きになるのはこれだけで十分だった。


いやそれは、正しいといえない。

なぜなら元々、みやびはむつみと出逢う前から、好きだったのだ。それは、むつみの作品をはじめて見たときからの感情だった。


常にチャレンジする既成概念に囚われない新人作家を発掘する為の社の方針、『新人ライトノベル作家チャレンジカップ第7回』に審査員として、みやびは参加していたのだ。審査員として選ばれたのは、ただ創設者の孫としてではない。

若く審査員として、また作家の担当としての経験もまだまだ十分と言えなかったが、今の不死鳥フェニックス書店があるのは、みやびの功績がとても大きく、審査員になるのはむしろ必然的だったのだ。


 ……とは言ってもみやびは審査のプロとしてではなく『読者に1番近い存在』として、この作品は面白いか面白くないか、購買層である若い読者の心に響くか響かないか、またこの作家は売れるか売れないか、売れずとも育てれば将来性があるかないか、などを審査することを任されていた。それは会社の将来を左右するとても重要なポジションだと言えるだろう。


なんせ、会社の将来がみやびのその肩(判断)にかかっているのだから。もっともそれは、みやびにとって初めてのことではなかった。

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