第40話 みやびの部屋に住むクマのむっちゃん
みやびを起こさぬよう、リップの付いたくちびるにそっと近づき目を瞑る。
「(ちゅっ)」
「…………」
触れるか触れないか、それはとても軽いキスだった。
だがむつみとっては生まれて初めてのファーストキスだったのだ。
「えへへっ。みやびさんとファーストキスしちゃった♪」
たったそれだけで、むつみにはとても幸せを感じた。
「みやびさん。起きないともう1度キスしちゃうけど、いいの?」
「(ちゅ)」
今度は眠っているみやびの返事を聞かずの2回目の軽いキス。
2度目はほんのちょっとだけ長めに。唇を離し目を開けるとみやびの顔がとても近く、見惚れてしまう。
「僕だけの眠り姫。ずっとずっとこの
それは自分が書いた『キミキス』のセリフではなく、
みやびは眠っていた。
だが、どこからか音が聞こえるが意識が遠く、それを認識できない。それよりも今はこの温かなぬくもりを満喫するほうがよい。それは何かに抱きしめられてる感覚だった。
「(うにゃ~、うにゃ~)」
本当に心地が良いのだろう、みやびが猫さんになる。
顔に暖かく、そして優しい何かがあたり鼻をくすぐる。
「(うにゃ? うにゃにゃ?)」
そして、頭を撫でられてるような感覚がまた心地よい。子猫が甘えるように、すりすりっと顔をそれに擦りつける。
「(むっちゃ~ん♪)」
みやびは自分の家のベットに住む“それ”と勘違いしていた。
みやびのベットには毎晩一緒に寝ている『むっちゃん』こと、2m近い大きなヒグマのぬいぐるみが1ヶ月前から住んでいた。
そのむっちゃんとは昨今の不況で日本では就職できずに、博打の借金からアラスカで鮭を獲るアルバイトに精を出す単身赴任のテディベアであった。……っというみやびの脳内設定だった。
などと思っているとみやびの目の前にアロハシャツを着こなし、サングラスをかけキメている茶色のヒグマが一匹現れた。
そうそのヒグマとは、アラスカ帰りの日焼けしたむっちゃんことそのクマだったのだ。きっとG・W休暇で日本に帰ってきたのだろう。またポーカー(賭博)に嵌まらなければいいのだが……笑
「む、むっちゃん! 本当にむっちゃんなの?」
「やぁみやび! 久しぶりだね。ハハハッ~、そういえば前に送った銀鮭は食べてくれたかな? あれは捕まえるのに苦労したんだぞ!」
久しぶりの再開に、みやびはむっちゃんの胸に飛び込む。
「むっちゃん! アラスカからやっと帰ってきたんだね! 寂しかったんだからっ!!」
みやびはむっちゃんの胸に顔を押し付け、すりすりと感触を確かめるように甘える。
「むっちゃん。私やっぱり、むっちゃんが傍にいてくれないとダメなの! だから傍にいて抱きしめてくれないと夜眠れないの。だからね。だから……今夜は私が寝付くまで一緒にいてくれる?」
「ハハハッ~。みやびは困ったやつだ~。やっぱりみやびにはこのオレがいないとダメなんだなぁ~。いいぜ、今夜はオレが朝までしっかり寝かしつけてやるからな♪」
っと泣いているみやびを慰めるように、器用に前足でみやびの頭をナデナデするむっちゃん。
「うん♪ むっちゃんに頭ナデナデってされるの好き。大好き♪」
大好きなむっちゃんにナデナデされ、さっきまで泣いていたのがウソのように笑顔になる。
「おっと、そういえば忘れてたぜ。今日はみやびに紹介したいクマがいるんだよ」
「紹介したいクマさん?」
「さぁ遠慮せず入っておいで♪」
っと、むっちゃんが手招きする。
「初めまして(ぺこりっ)」
そこには、むっちゃんよりも少し小さめのメスのグリズリーがいた。
「ち、ちょっとむっちゃんこれはどうゆうことなの!? 誰なのこのメスグマは!?」
「まぁ理由を話すと長くなるんだが……みやびには悪いが、実はアラスカで出来た新しい恋クマなんだ♪」
「~~~~~っ!?」
あまりの出来事に言葉を失うみやび。
「新しい恋クマってどうゆうことなの!?」
みやびはむっちゃんに詰め寄る。
「ど、どうゆうことって……そのままの意味さ。オレの鮭を獲る姿があまりにも、かっこよすぎて一目惚れしたらしいぜ。あとなんか借金がどうたらこうたら……」
キラッと前歯を輝かせ、キメ顔をするむっちゃん。
「むっちゃん! それは都合の良い様に騙されているんだよ! だってその子……グリズリーは鮭獲るの下手なんだよ! どうせ、むっちゃんにばかり鮭を獲らせる気なんだよ!」
みやびはむっちゃんに「そのメスグマだけはやめておけ!」と言わんばかりにまくし立てた。
「ふっ。それならそれでもいいじゃねぇか。メスに頼られて、嬉しくないオスはいないってことさ。コイツの為なら、オリャは何匹だって鮭を獲ってやるぜ!」
無駄にかっこいいむっちゃんだが、要はただ騙されているだけである(笑)。
「じ、じゃあ私はどうなるの!?」
「オレは、同じメスを2度抱くことはないのさ。そういうわけでだみやび、オレはこれからカナダで鮭を獲らなければならないんだ。実はコイツがさ、カナダでも鮭を獲るオレの姿を見たいっていうんだよ。あと生命保険に加入がどうたらこうたら……」
っと照れながら頬を爪でガリガリするむっちゃん。
「それじゃあな、みやび! オマエもオレのことは忘れて新しい恋に生きるんだぜ!」
そうして恋人ならぬ恋クマの肩を抱きながら、むっちゃんは離れていく。
「ま、待ってむっちゃん! 私を置いて行かないで!」
追いかけようとするが、距離が縮まらない。
そこで、再びみやびは暗闇に包まれた。
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