第10話 全然何にも知らないんだな……

「やっべ、ずらかるぞてめえらぁっ!!」


 復活したリーダー格の男が警察が来たことに動揺し、倒れている自転車で仲間に逃げるよう指示をする。逃げようと智也の横を通り過ぎるとき、


「てめぇ顔覚えたからな! 今度会ったらタダじゃおかねぇぞ!」


 っと小物風情なセリフを残して、逃げていった。警察官は逃げて行く不良達を追いかけて行った。後に残ったのは智也とその男の娘だけだった。安心したのかへなへなへな~っと座り込む男の娘。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


 っと智也は手を差し出しその子を立たせようとするが、


「こ、腰が抜けて……た、立てないみたい」


 智也は後ろ手で頭をがしがしっと掻く。「ほんと、めんどくさい奴だな……」っと思ったが、口にはしなかった。その子をこのままにもしておけないので、智也はその男の娘を抱きかかえることにした。


「わっ! わわっ!?」


 突然お姫様抱っこされ、戸惑いイヤイヤっとばかりに足をバタバタさせ、抵抗をみせる。


「こ、こら暴れるなって! 大人しくしてろ。ったく、誰のせいでこんなことしてると思ってんだ?」

 男の娘は状況を理解すると叱られた子犬ようにしゅんっと、大人しくなった。


「にしても……お前ほんと軽いな。メシちゃんと食べてんのか?」


 その男の娘は心配したくなるほど体重が軽かった。途端その男の娘は顔を赤らめ、やっぱり降ろしてと再び抵抗をみせるが、


「よっと!」

「わわっ!?」


 智也はわざとらしく持ち直すように少し上に浮かせてやると、その子は落とされないように智也の服をぎゅっと握り締めて胸に顔を埋めるようにしがみついた。

 少し。ほんの少しだけ、その仕草がカワイイと智也は思ってしまう。


「んっ」


 そこから歩いて1分ほどのオープンテラスのある喫茶店に着き、抱きかかえてるその男の娘をゆっくりと、エスコートするように優しく座らせた。


「あ、そのぉ~…………あ、ありがとう(照)」


 頬を赤らめ消え去りそうな声で、お礼を言う。


「お前何飲む?」

「えっ?」


 いきなり聞かれたので上手く答えられなかった。


「ここ喫茶店だぞ。何かしら注文しないと」

「あっ! ああ! ……それじゃあ、アイスティーで」


 注文を取りにきた店員にアイスティーとエスプレッソを注文する。


「…………」

「…………」


 無言。互いに何を話していいかわからなかった。この沈黙を嫌って智也から話かける。


「お前、登坂とはん早いのな」

「へっ? 登坂・・?」


 智也の何ら脈絡のない質問にその子は聞き返した。


「登坂。つまり坂道を自転車ロードバイクで走ることだよ。さっき前にいたオレの事を軽々と抜かしていっただろうがっ!」

「んにゃ???」


「そうなの?」っと可愛らしげに首をかしげる。男の娘でなければ……おっと、いやなんでもない。智也は誤魔化すように「んんっ!」っとわざとらしく咳をした。


「フィリス学園から、駅前ここに来るまでに長い坂道があったろ? ……さっきオレもロードバイクでそこ走ってたんだよ」


 智也は熱くなる顔を目の前のヤツに悟られぬよう、そっぽを向きながらそう言った。


「ああ、なるほど!」っと合点がいったように手をポンっと打ち付ける男の娘。


「それでさ……お前クライマーなのか?」

クラいま・・・・?」

「クライマーっ!! ああいった登坂が得意なロードレーサーを『クライマー』って言うんだよ」


「なるほど! なるほど!」っと関心するように頷いていた。


「(ほんと調子くるう奴だぜ。全然何にも知らないんだな……)」


 っと智也が思っていると、


「えっと、登坂(?)は得意です。平らな道よりも少し登りの方が好きかも。でも下りは苦手かなぁ~」

下りダウンヒルが苦手なのか? まぁ、確かにスピード出るし、ブレーキ効かなくなる事考えたら怖えぇ~からなぁ」


 ロードバイクでのダウンヒル、つまり下り坂を走ると車のスピードをゆうに超す、80km/hが軽く出る。それに車と違い、直接体に風の抵抗を受けるため簡単にバランスを崩しやすく落車しやすくなる。もし何かあっても身を守る物は頭に被ってるヘルメットくらいなものだ。運が良くて骨折、最悪の場合谷底に真っ逆さま、そのまま天国に直行なんても十二分に有り得る事なのだ。

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