第4話 運命を変える出逢い

 それから数時間が経った頃だろうか、


「あらあら、キミこんなところで何してるの?」


 そう智也は若い女性に声をかけられた。年の頃では20代前半といったところか。


 しかし寒さからか、智也は体育座りでうずくまり若い女性の問いに答えようとしない。別に無視しているわけではなく、智也にはその女性の声が聞こえていなかったのだ。


「ちょっとキミ、大丈夫?」


 その若い女性はボーっと前だけ空虚に見つめている智也の眼前で手を振ったが反応がない。


「ちょっと! キミってば!」


さっきよりも少し強めに声を出し、左肩を揺すられ智也は初めて存在に気付き、若い女性の方に顔を向けた。髪は艶やかな黒髪で地面に届くほど長く、その容姿は子供の智也でさえも言葉を失うほど整っていてとても綺麗だった。


「(ふるふる)」


 すんすんと鼻を鳴らしながら首だけを左右にふる。涙が溢れそうな目を必死に擦る。一人心細い時は、大人でも誰かに声かけられると泣きそうになるものだ。


「な、なんでもないです。僕は大丈夫です」


智也は手のひらで涙を拭うとそう気丈きじょうにふるまった。


「いやいやいや、そんな泣きながら力強く『僕は大丈夫です!』って言われても……全っ然大丈夫そうに見えないんだけどさ」


顔の目の前で、右手をいやいやっと左右にぶんぶん振りながら言う若い女性。

智也はそんなストレートな物言いの若い女性の返しに答えられず、泣いている顔を隠すように両腕に埋めてしまう。


「あぁ~~もう~~! ほんと今日は何なの!! 厄日か何かなのぉ~!?」

 右手で後頭部を荒く掻きながら、困ったように若い女性はそう叫んだ。


「…………」

「…………」

 両者しばし無言の静観。お互いどんな言葉を発すればいいか考えているのだろう。だが、この沈黙を破るべく若い女性はこう切り出した。


「あのさ提案なんだけどね、こんな寒いクリスマスの夜にぃ? ウチの・・・の玄関先でそんな風に座ってられると正直迷惑だからさ、とにかく一緒に家の中入ろうよっ!」


若い女性は唐突にそう言うと、早く立てと言わんばかり強引に智也の左腕を持って立つように促すが、それでも智也は首を左右にいやいやっと、振ってそれを拒絶する。


「僕はここを離れるわけにはいきません!」

「いや『そんないきません!』とか強く言われてもさ。こっちもそうはいかないんだよね! しかもそんな捨てられた子犬みたいにさ、目に涙いっぱい溜めてそんな事言っても全然説得力ないからさ。それにこっちも『あ~はいそうですか。判りました!』ってわけにはいかないんだよね。それになによりもウチの玄関先で凍死されても困るしさ」

「…………」


 そう正論を捲くし立てられたが、智也は答えなかった。


「はぁ~。また、だんまりモードぉ~? ほんとキミってさ、自分の都合が悪くなると途端に喋らなくなるよね?」


智也のだんまりモードに対して、ややお怒りモードの若い女性。それを智也も察知して、こう言い訳をする。


「じ、実は……か、かあさんとここで待ち合わせしてるんです!」

「おかあさん? ここで? こんな雪降るクリスマスの夜に?」


 はい、っとそう返事をするかわりにコクリと頷いてみせる智也。


「う~ん……それってさ、もしかして…………」


これにはさすがに若い女性も言葉が続かなかった。いや事実を語るのが怖くて、言葉を続けられなかったのだ。もちろんそれは聡い智也も既に解かっていることだろう。解かっているからこそ、余計に頑なな態度をとっているのだ。


「ほんと、ど~したらいいんだろうこの状況…………ね?」


 困りながら原因である智也に問う。雪降るクリスマスの夜にしかも家の玄関先に母親に置いていかれた幼い子供。こんな場面に遭遇したら、誰でも対応に困ることだろう。


「う~ん。……あっそうだ! ところでキミさ、名前なんていうの?」


若い女性は智也を安心させるように屈み、目線を智也にあわせるように、右手で髪をかきあげながら前屈みの姿勢になり優しく問いかける。


目と目が合い、智也は男なのに泣いているのが気恥ずかしいのか、それとも若い女性が前屈みになり覗く胸の谷間に照れたのか、顔をそらしながらこう声を絞り出した。


「し、知らない人とは話さないようにって……」


 悪い人に付いて行かないように、そう母親に教わったのだろう。


「え~でもさ、キミと私って『既に』結構話してるよね? 今更感半端ないよねそれ」

「…………」


 図星を指されグスッっと、また泣きだしそうになる智也。


「あ~~も~う~ほんっと! そうゆう態度まどろっこしいわね!! 子供だから泣けばなんとかなると思ってるの! 私さそうゆう女々めめしい態度が1番嫌いなのよね!」


 両手で髪をぐちゃぐちゃと掻き乱しながら、子供でも容赦なく投げやりにそう言い放った。


「もうさ、面倒だからさ、さっさとウチの中に入ってちょうだい! ……ってかもういいから黙って入りやがれっ!!」


 初めの優しいお姉さんとは打って変わった強引な物言い。


 あの優しいお姉さんはどこにいったのだろう……。きっと面倒な展開にごうを煮やし、つい素が出たのだろう、もう猫を被るのを辞めたらしい。


 智也は「さあ早く立って!」っと言わんばかりに左腕を痛いくらい強引に引っ張られ、思考が追いつかないず目を白黒させながら、若い女性の家だという中へと連れ込まれた。

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