第5話 朝霧児童養護施設
智也は強引に家の中に引っ張り込まれバランスを崩し転びそうになったが、前にいた若い女性にぶつかって転ばずに済んだ。少し左腕と鼻が痛いがそんな智也を知ってか知らずか、若い女性は構わずこう叫んだ。
「沙代子、沙代子ぉ~、タオル! タオル! ちっとさ、髪の毛濡れちゃったから早くギブミータオルユー♪」
「…………」
だがそれに対しての返事はなかった。それとその英語は果たして本当にあっているか、幼い智也にそれは分からなかった。
「沙代子さ~ん、いませんかぁ~。あなたの愛しのお姉さまがタオルを所望ですよ~♪」
「…………」
やはり無音である。「もしや誰もいないのでは?」っと智也が思っていると、
「おい沙代子っ! てめえ聞こえてんだろうが! こっちは靴があるからいるのは判ってんだからな! ささっとタオル持って来いてんだ! クソガキがっ!!」
この若い女性、見た目の綺麗さ・最初の優しいお姉さんっぷりとは裏腹に、かなりの短気損気強気のようだ。つまりワガママ・ロースペック(笑)。
そうこうしている間に2階奥からパタパタっと軽やかなスリッパの音を立てながら、智也と同じくらいの年齢の小さな女の子が、タオルを持って玄関にやって来た。
「お~やっと来たな我が愛しの妹よ! ご苦労、ご苦労♪」
っと塗れた手でその女の子の頭を乱雑に撫でながらタオルを受け取る。
「もぉ~お姉ちゃんたら塗れた手で乱暴に頭撫でないでよね! 私まで濡れちゃうでしょが! ……ってかお姉ちゃんもう帰ってきたの? 確か今日はクリスマスだからデートで遅くなるって行く前に言ってなかったっけ?」
「…………」
その瞬間、ピタリっとタオルで髪を拭いていた動きが止まった。それは禁句だったのかもしれない。
「…………べ、別にぃ~」
ものすごくふて腐れながら、明後日の方を向きリスのように頬を膨らませながらそう言った。
「お姉ちゃん…………
「ち、ちがわい! こっちから振ってやったんだぞ! この違いは大きいからな! そこんとこ間違えんな! あとまたとか言うな! またとか!!」
「はぁ~~~っどこが違うの?」
っと女の子が深く長いため息を吐いた。
「あ! あの!」
と智也が右手を挙げ、おずおずと二人の会話に割り込もうとする。
「この子だれっ!? だ、誰なのこの子わっ!? ま、まさかもしかしてお姉ちゃん! 振られたからってこんな小さい子を代わりにしようと…………」
「ばーか!」
濡れた髪の毛を拭いた、湿ったままのタオルを智也の頭に投げつけた。「おめえも早く拭きやがれ!」っと智也に一言付け加えた。
「(す~っはぁ~)コイツはウチの玄関先で拾ったんだ」
若い女性はいつの間にか取り出したタバコに火を着け、煙を吹かしながらそう言った。
「ってか、代わりってなんだよ代わりって!!」
っとやや呆れながら女の子の
「そ、そうなんだ。でもそれって……」
「あぁそうだな……」
若い女性は肯定するように煙を吐きながら頷いた。
「そっか。……それでキミの名前は?」
「…………ともや」
と小声で言う智也。
「へぇ~、ともや君って言うんだ……下の名前は?」
「馬鹿かてめぇは!? どこの世界に『ともや』なんて苗字があんだ! ってかおい小僧! てめえなんで『私』が聞いたときは答えねぇで沙代子の時には素直に答えてんだ! あぁん!? バカにしてんのかてめえ!!」
っと智也の胸倉を掴み睨みつけた。
「な、何やってるのお姉ちゃん! もうちょっとした冗談だったのに。お姉ちゃんが
沙代子と呼ばれる女の子は若い女性から智也を引き離す。すると智也は沙代子を盾にするように背中に回りこみ隠れた。
「……それでともや君。苗字は何かな?」
「(ふるふる)」
分からないのか首を横に振る。
「ちっ、もうめんどくせぇからダンボールに『ひろってください。』とか書いて玄関先に出しとくか?」
智也の沙代子との態度の違いに、やさぐれながらそう言った。
「
っと沙代子が強く朝子に一言
「ちっ。わーってるよ。お前が『何』を言いたいかなんか」
朝子と呼ばれた若い女性が家だと言ったここは普通の家ではなかった。ここは『
みんな何かしらの事情・境遇によりここにいるのだ。
一口に養護施設と言ったら大げさに聞こえるかもしれないが、大掛かりな建物ではなく普通の民家をやや大きくした感じであり、玄関先にその看板があるくらいの違いしかない。
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