第3話 自分が捨てられたことも知らずに、ずっと……

 唐突だが、朝霧智也は女嫌いが酷い。いや『酷い』という言葉だけでは表すことができない。それは比喩的表現ではなく、話すことは愚か女の存在自体を嫌っていた。

 ここで期待させて悪いが、だからといって男色家(男好き)と言うわけではないのであしからず。


何故嫌いかと問えば、智也は物心をつく前に母親に捨てられたのだ。『捨てられた』と云う表現が正しいのかわからないが、智也がちょうど5歳の誕生日のその日に児童養護施設の玄関に置いていかれたのだ。


智也には最初から父親がいなかった。どんな事情や理由があったかはわからないが、母親はシングルマザーとして智也を育てた。そして5歳の誕生日に養護施設の玄関前に、こう言って置いていったのである。「ともやちゃん。今から誕生日のケーキを買ってくるからここでおとなしく待っててね。必ず迎えに来るから……。だから、……だからお母さんが迎えに来るまでここを動かずに、ずっと待っててね」っと言い残し、母親はそのまま迎えに来なかっただけだった。


 子供の頃の智也は年の割りにとても素直な子だった。いや素直な子でなければならなかったのだろう。以前、母親が仕事に行く前に大泣きし、駄々をこね、とても困らせたことがあったのだ。その時母親ずっとかたわらにいてくれたが、それは母親にとって智也の存在が余計重荷に感じた瞬間だったのだろう。


 幼い子を持つシングルマザーにとって世間はとても厳しい。子供が病気になれば仕事を休まなければならず、満足な仕事ができない。満足な仕事ができないから、シフトを外されたり役職につけない。シフトを外されれば満足な賃金を得られず、日々の生活をするお金に困る。シングルマザーはそれの悪循環の連続なのだ。


 もちろん役所などから児童手当などが毎月出るが、それだけで補えるモノではない。子供の成長は早く服を買ってもすぐに合わなくなり、常に買わなければならない。病気になれば薬を買わなければならない。今は病院に行けば無料だが無料の範囲もある。


 それに何よりも日々の食事が肝心なのだ。人は食べなければ生きていけない。食事は1日1食。むしろ食べられれば良いほうなのだ。安く量がある物をスーパーなどで閉店間際に購入し、なんとかやりくりする。もちろんお菓子などの高級品は買えるわけがない。


 ある時、ふと夜中に目を覚ました智也が隣にいるはずの母親がいないことに気付く。

「こんな夜中にかあさんはどこに行ったんだろう?」っと眠い目を擦りながら、疑問に思っていると台所の方からガリガリ、ガリガリ……っと真夜中に似つかわしくない異様な物音が聞こえてきた。


「何の音?」とそっと台所のドア覗いて見ると、そこには電気もつけず母親が何かを一心不乱に食べている姿が見えた。その母親の姿を見た智也は「僕にだけひもじい思い(酷くお腹が減っている状態)をさせて、かあさんだけ美味しいモノを独り占めだなんてズルイ! 僕だって美味しいモノを食べたい!」と何かを食べている母親に近づくが、そこには真冬なのに氷を口いっぱいに頬張っている母親の姿だった。


 ガリガリ、ガリガリっと聞こえた異様な音の正体は、空腹に耐え切れず必死に氷をかじっていた母だったのだ。床には人参の皮やキャベツの芯、智也が食べ残した残飯がそこらかしこに散乱していた。

 そこで初めて智也は、自分の母親が異常に痩せていることに気づいた。


 思えば智也がいつも食事する時母親は、「かあさんは先に食べたから、これはともやちゃんが全部食べていいんだよ……」と言って一緒に食事をしていなかった。きっと自分は食べずに、その分を子供の智也に少しでも与えていたのだろう。

 智也はそこで初めて自分という存在が母親にとってそれほどまでに負担をかけてしまう存在だと思い知らされた。


 その日以来智也は、母親に我が儘も言わず、食べ物の好き嫌いもせず、母親の言うことは愚直に守り、母親を困らせない『とても良い子』を演じてきたのだった・・・・・・・・・。そんな智也の行動は事情を知らない大人達から見れば、年相応にはとても思えない大人びた行動に映っていたに違いない。

 そして智也は雪が降る寒いクリスマスの晩に一人寂しくとも泣きもせず、ただただ児童養護施設の玄関前で母親が迎えに来るのを待っていたのだ。


自分が捨てられたことも知らずに、ずっと……

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